第8話 捜しもの

「——え、明後日って日曜日? そんなすぐ…や、私は全然 頼んだ方だし暇だし平気だけど…って日曜ってことは桐たち休日出勤になっちゃうの? え、うん、うん? わかった…。ありがとう」



不覚にも、善の首筋に知らない誰かにつけられた痕を見て背中を押されて、桐に相談したその日の夕方、早速電話があって驚いた。


丁度この週末に協力してくれる事になったらしい。


『アマノ チガヤ』? って人とタイマン張るらしい。



日曜日、を迎えたら。


桐の家に行って——そんなすぐ男に慣れる事なんてできないとは思うけど、今までは考えもしなかった事だ。

まずは普通に。目を見て会話ができるようになったら、それだけでも私にとっては大きな進歩。

頑張りたい。

善の為になると思えば頑張れる。


いつも通り、金曜の残業を終えて強めのお酒だけ買いにコンビニに寄りつつ帰路に着く。


お酒は、強いわけではない。


でも疲れ果てているかこれがないと眠れない夜があるくらいには“眠る”事に対してのトラウマがあった。



そういえば今日も…家に来ただろうか。


スマホの連絡ツールを開いて、上の方に在る『fumi』の欄をタップ。



また掃除とかしてくれたみたいで。

ありがとう。ご飯も }


{ いちいちお礼とかいーよ!

お姉ちゃんも新社会人頑張って♪


フレーフレーの応援スタンプで止まっている会話を見返して、心が和らぐ。


疲れた時に限ってという言い方は悪い方に捉えられてしまうだろうけど、良い意味で、疲れた時に限って誰も居ないボロアパートに帰ると三つ年下の妹・文未ふみが生活能力のない私に変わって家を綺麗にしてくれているらしく。


今日食べた朝ご飯に、お昼のお弁当も然り。


それが、日々の支えになっていた。



家に着き玄関に入ってから、いつもと違う事に気が付く。



明かりが、点いている。



家の、玄関含む廊下と、奥のワンルームの明かりが点いたままだ。


「文未…?」


朝、点けっぱなしで出た疑惑が頭を過ぎったけど、お風呂場からは檜の良い香りが漂ってきていて、進んだ先のワンルーム、ローテーブルの上にはラップの掛かったオムライスが置いてあって、


そのオムライスが、ラップに掛かった湯気でぼやけて見えたから。


もしかしてと疲れも忘れて手に持ったビニール袋と肩に掛けた鞄を下ろすと再度お風呂場まで戻って電気を点けた。



いつもはお風呂の蓋がされているのに、今日はされていない。


湯船からはほかほかの湯気と始めに嗅いだ檜の香りがするだけ。


少し深く香りを吸い込むと幾らかドキドキと弾む心音を落ち着かせられた気がする。


廊下は昨日の時点で綺麗に掃除されていて、注意深く見ても特に変わった様子はない。



ローテーブルの上のオムライスに指先を添えるとやはりまだ温かかった。



でもキッチンは綺麗なまま。


シンクに洗い物も何もない、


けど。もしかして



今の今まで、いた…?



そう思った時、夏の夜風が髪を擽って、それを辿る。



ベッド脇の窓が開いたまま、白いカーテンが揺れていた。


咄嗟に駆け寄った私は窓に手を掛けて外を覗き込む。



そこに人影はなかった。




「やっぱり、会えないのか」



間抜けな声だけが静寂の中にぽつりと落ちて、孤独を濃くする。


スン、と鼻を啜った私は何の変わりもなく髪に触れて頬を擽る風を、窓を閉めることで閉ざした。

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