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▶︎ side AMANO ▶︎
「あ、既読付いてた」
「珍し。早いね」
まだ陽も沈む気ないにも関わらず既にガヤガヤと賑わう居酒屋。「そうなの?」と通路側の席で、テーブル挟んで向かいのオフショルダーの女の子に問うと「うん、基本色んな方面に関して出不精だから、お姉ちゃん」とビールジョッキ片手に気持ち良く酔い始める表情を緩ませた。
その子の隣でも、数人の男女が休日昼間から飲む酒の美味しさに浸っている。
「で、天野さんは何なの? お姉ちゃんのこと狙ってんの?」
冒頭の自己紹介で最近頻繁に耳にする——筈もない、変わった名字に興味が向いたのが十数分前。
心未ちゃんにその名字の持ち主の楽しそうな姿と此処の住所を送ったのが数分前。
「そうだったら協力してくれる?
口に運びかけていた酒を離して笑むと、言われてみれば似ているかもしれない顔で「けっ」と吐き出された。
「嘘くさ。でももっと嘘くさいのがお姉ちゃんには憑いてるから負け戦だよ」
「あー、やっぱり? 文未ちゃん
「天野さん
「そんなことないけど。文未ちゃんも男嫌いなの?」
『そんなことないけど』。これは彼女の薄く色付く唇が吐き出した『明らかに合コン要らないツラだもんね』に対してであってその前の一文に対してではない。
「嫌いだったらんなとこ来るかよ」
据わった眼で小さく呟いた文未ちゃんは「私はねぇ、父親だけしぬほど嫌い。そこはお姉ちゃんと一緒。まぁお姉ちゃんは父親の所為で男全般嫌いで、私はお母さんに私たちを押し付けてお姉ちゃんをそうしたから父親が嫌いなんだけど」と別人のような表情を見せた。
「これも知ってた?」
「どうだろう」
一応初対面の男にここまで踏み込んだ話題を提供する彼女は察しが良いというべきか、単に強かで年齢だけでは侮れないというべきか。
小さく笑うと更ににっこり笑い返された。…多分これ どっちもだ。
つくづく思う。女って怖ぇ。
「天野さんほど顔良くなくても、今までお姉ちゃんとお近づきになりたい〜感満載の男ってちょいちょい湧いて出てたんだよね。でもさぁ、私がどうこうする前にお近づきの“お”ほども近づけなくする人がいるのよ」
あー…。それは割と最近身に覚えがあったな…。
ここ一年の間に、中学ぶりに再びよく見知るようになったたった一人の金髪が思い浮かぶ。
「なのに天野さんはもう既に連絡先も知ってるわけでしょ?
「潜り抜けたというか…まぁ」
「付き合ってないのよ」
持ったはいいものの口に運ぶタイミングを逃したハイボールを揺らして呟いたのとほぼ同時、寧ろ喰い気味に被せて文未ちゃんの方のビールがテーブルに叩きつけられた。
文未ちゃんの友だちは、この状況をどう思っているのだろう。
自分の連れも含めて隣を確認したかったが彼女の言動に耳を傾ける。
「あれで、あの二人、付き合ってないのよ」
彼女はもう一度一言一句を奥歯で噛み潰しながら口に出し、言い終えたと同時に苛立ちを隠す気も無くジョッキの中身を飲み干した。
「えーと。文未ちゃんて確か」
「二十歳。大丈夫、ちゃんと二十歳になったから。あ、免許見る? 全く盛れてないから見せたくないけど」
「大丈夫デス…」
断りも聞いているのかいないのか、丁度脇を通りがかった店員さんに「ビールおかわりで」と手を挙げた後ついでに周りも見渡してしっかり他の子の分も頼んでいる。本当に二十歳…?
やっぱ免許見せてもらった方が良かったかな逆の意味で…
「でね? 付き合ってないのよこれが」
三回聞いた。
「待って、天野さ——あーもう天野でいいよね。天野はどこまで知ってんの?」
何でこの姉妹、初対面で一応年上の俺のこと平気で名字呼び捨てにしてくんの?
善の教育どうなってんの?
「その、男の方とは中学からの同級生。で、心未ちゃんがそれを好きなのは知ってるっていうか、何ていうか」
「初対面でも解るくらい解りやすくない? お姉ちゃん」
眉間に皺を寄せて、今度はポテトを摘んだ箸を向けてきた。
「そーだね」
「でもさぁ、そういうところが可愛いのよ。多分本人は微塵も気付いてなくて、善くんにもずっと隠し通せてると思ってんの。世界中であれに気付かない人間がいるとしたら二人。
純粋仲間の桐ちゃんとナズナのアホだね」
文未ちゃんは器用にケチャップとマスタードを交互に掬いながら次々とポテトを口に運んでいった。
「で、よ。そうなると私的には「えっ? じゃあ善くんは何しとん? 人のお姉ちゃん飼い殺し?」ってなるじゃん。だって善くんくらい女慣れしてるなら告るように仕向けて振ることも忙しいとか適当な振り見せて放ることもできるじゃん。なのにね、そのどっちもしないの。放るどころか徹底管理よ。どゆこと? マネージャー志望?」
「まぁ、好きかマネージャー志望かの二択だよね…」
「流石に「マネージャー志望ですか?」とは訊いたことないけど。好きかどうかは訊いたことあって」
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