「エッ」
「何?」
「訊いたの?
驚いた。視界の脇では店員が文未ちゃん寄りにビールジョッキを始め一、二本のグラスを説明文と共に置いていっているが目の前の女子大生から目が離せなかった。
「凄い、ね。よく訊けたね…いや俺も、その場の流れに任せて「好きなの?」って訊こうとは思ったけど全然訊けなかったよ」
小さな、自分への呆れも込めた溜息と一緒に吐き出すと彼女は意外だとでも言いたそうに早速ジョッキに口を付けた。
だって、恐かったんだもん。久々によく会うようになった程度の俺に答えてくれるほど簡単な質問でもない気はしたし?
「で、善は何て」
「言うわけないじゃん」
「エッ」
「言うわけないって。これはー取り引きで教えてもらったの。私善くんに頼み事されてて。それと引き換えにね。だからそう易々と初対面の得体の知れない男には教えないって」
「急に酷い線引き」
「間違ってないでしょ? それに私の知る限り、善くんほど“きれい”と“こわい”が混在してる人っていないから。もしこの話がアンタには話しちゃいけない話だったりしたら責任取りたくないもん」
文未ちゃんはこれ以上、どう口説いても教えてくれなそうな表情で、まるでその次の展開を予想し終えたかのようにふと笑んだ。
「——ッ天野!!!!」
そして恐らくその予想は的中していた。
声を識別するより早く、胸ぐらに伸びて来た細腕に手繰り寄せられるがまま俺は顔を上げることになる。
「っ、あんたねぇ…っ、文未に手ぇ出したら」
半個室のその場に収まっていた全員の視線を浴びながらどう見ても全力でこの二階に駆け上がって来た——白いワンピース姿の肩を上下させる渦中の、善の、大切な大切な女の子。
“文未”の視線に気付いてか、泳いだ視線の先に「お姉ちゃん…? 何その鬼可愛い格好は…天使…? 天使が迎えに来たのぉ…?」と唇を震わせる捜しものを見つけ、手を緩めた。
「え、天野さん…? ダイジョブです…?」
修羅場…? と軽く咳き込む俺にたくさんの疑問符を浮かべながらそっと手を添えたのは、隣に座っていた後輩の
「ほら、お姉ちゃん。自己紹介だよ」
浴びる視線に気が付いて——その中に、嫌悪の対象がいる事にも気が付いて——それでも愛する、策士の妹に促されるまま一人立ち尽くす心未ちゃんは小さな唇を開いた。
「ぁ…
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