・ ・ ・
ショートヘアの、白いワンピースを着た女の子の全力疾走後の自己紹介から20分そこらが経った今、
俺、天野と、その女の子だけが別部屋で飲み直す合コンの珍しい結末を迎えていた。
「っ……だめだ、ごめ」
「笑いたきゃ笑いな」
「アハハハハ!!!!」
もう何杯目かも忘れたハイボール。文未ちゃんに代わって、目の前でちびちび梅干しサワーに口を付ける心未ちゃんの方が顔が赤いのにはちゃんとした理由があった。
自己紹介の後、一番隅っこ、文未ちゃんの隣に座った彼女。余程珍しい事なのかその女の子らしい格好を褒め倒し褒めちぎり褒め殺…しそうな勢いで愛でる妹の蚊帳の外では新しいメンバーの為にメニューが寄越されて、未だこの状況を飲み込めていなそうな彼女に代わり文未ちゃんがお酒を、俺が食べ物を何品か頼んだ。
始めに甘く弱そうな酒が来て、全員で乾杯し直す。その時には彼女も、場違いだと感じているのか申し訳なさそうな表情をして控えめに女の子たちだけとの乾杯を交わしていた。
事はその後だ。
数分後、大皿に乗ったサラダが来た。
意外にも率先してそれに手を伸ばした心未ちゃん。“男嫌い”というレッテルが堂々額に張り出されているのと、未だ拭いきれない、
「えー、桃実さん女子力〜!」
耳に入った、新メンバーを放っておかない一人の男のこの台詞によって、彼女の手が止まる。
「……あ゛…?」
——
俺は一方的に知っていたけど。
乾杯の後、自然な流れで「文未ちゃんのお姉ちゃんがどうして此処に?」「美人姉妹だね」などと話を振られて一瞬の葛藤を挟んだ後、あくまで苦渋の“無視”という選択をする直前にすかさずフォローに入る文未ちゃん、のやり取りが何度かあったが殆ど騙されて此処に来た心未ちゃんも隅っこで大人しくしていた。ここまでは。
「女子力? ……死語?」
その顔と格好に似つかないドスの効いた声、は、何かをずっと堪えていたかのように小声ではなくはっきりと発せられた。
視線の先は軽く声を掛けた男を迷わず真っ直ぐ捉えているし、その上の眉間には男の本能的な後悔よりも深い皺が刻まれている。今にも手にしたトングが、掴んだサラダごと男に向かって投げられそうだった。
「えっ…、え?」
「私は私の目の前にサラダが置かれたから取り分けようとしただけだが? テメェは家族団欒の食卓でもママの前に置かれたサラダをママが取り分けようとする度『女子力〜!』言うんか? あ? このサラダがおまえの前に置かれたら当然おまえが率先して取り分けんだよ、
男女合わせて十人近くが腰を下ろしていたそのグループ席が一瞬で凍りついた。
が、意外にも、女性陣の方からは静かな拍手が送られた。
「あの一言にあそこまで噛み付く子、流石に初めて見た」
ていうか口悪すぎたわ。
思い出し笑いもそろそろいい加減にして頭を抱える心未ちゃんの前で目尻の涙を拭う。
「あの男、黙って聞いてれば癇に障る事ばっか言ってたからつい…。文未にも他の女の子にも申し訳なさすぎる…」
「それにしたって呼び出されておきながら女の子の飲み代、心未ちゃんが払う必要なかったでしょ」
当然、まあまあな長台詞の後、半分は賞賛だったにしろその場はお通夜と化した。
「文未と、…天野が上手く場を収めてくれたからそれで許してもらったようなもんよ」
「ああいう場はどの道男持ちになるのに」
「あー…そうなの。別に、」
言い掛けて、注意散漫な口端から「昨日下ろしたお金が余ってただけだから…」と何やら気になる言葉が零れるも、それより早く喉まで来ていた「本当に合コンとか経験ないんだね」が音になった。
「合コンなんか行ったら」
ジッとあまり減らない梅干しサワーの面を見つめながら、心ここに在らずだ。
「善に怒られちゃう?」
ふと頬杖の上で笑んだら、やっと顔を上げてくれた。
「いや、後々怒られるならまだ…。多分お開きになる前に嗅ぎつけて 車飛ばして迎えに来る」
「…マジ?」
重症じゃん。
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