欲だらけ

第13話 瑠璃姫





▶︎ side ZEN ▶︎




『家帰らないの? 遅いし送るわよ』


『家…っきょ、うは帰らない、此処に泊まる予定だったから』


『ナズナ、本家に用事あったの思い出したって行っちゃったけど』


『あーそうなんだ、なら広々泊まらせてもらおーかな』


『…アタシも一緒に泊まろうかしら』


『それはだめっ』



この家に帰ってきたアタシを見て顔を真っ青にして飛び上がったナズナに反して既に顔が赤かった心未ちゃんが更に顔を赤くして否定するからそれ以上は押さずしれっと窓の鍵を閉めて、アタシが出て行ったらすぐに鍵を閉めるように、閉めた音を聞かない限りこの場から離れないからと託けし“ナズナの家”を出た。


間もなくちゃーんと鍵を閉める音が聞こえて、約束通りドアスコープを覗いても見えない位置まで移動して背をついた。




『……手、離…して』




何、あの可愛い表情かお


この嘘しか吐かないような口から言葉が出てこなかった。

あと500回くらい指絡ませればよかった。


その次の感情は『今日は帰らない、ナズナの家に泊まる予定だったから』に対する疑問。


大方、この下の階に住んでいる事がアタシにバレないように咄嗟に吐いた嘘だろうけど…まぁ一応確証取っておくか。




《 はい…ナズナです 》


「アタシ」


《 はい…善さん 》


「何で1コール目で出なかったの?」


《 っ緊張、して 》


「何で?」


《 怒られると思ったから 》


「何で? 心未ちゃん家に上げたから?

まーいいわ、ナズナ今日 心未ちゃん泊める予定だった?」


《 え? いや 》


「わかった」



短い通話を切り、蒸し暑い夏の夜に溜息を吐いてこの場を離れた。







待たせていた車に乗り自宅マンション近くで降ろしてもらい、そこから歩く。

エントランスに差し掛かるとそれに合わせて動いた人の気配を感じて顔を上げた。



瑠璃るりちゃん」



そう名前を口にした彼女は羽織った薄手のカーディガンを肩に掛け直すとこちらに向かって歩いて来た。


「遅かったね」


「今日約束してたっけ」


「してないけど。約束してなきゃ来ちゃだめ?」


「いや——いつから待ってたの、暑いのに」


ヒールを履いていても充分に見上げてくる彼女。華奢な身体から慣れた香水の香りが舞う。


「だって合鍵とか持ってないし」


「ごめんね。中入る?」


既に何度か繰り返されたやり取り。合鍵を持ってないと態々言われるのは遠回しに合鍵が欲しい、何でくれないの?と言われているのと同じ。


同様に、彼女も都度躱されるのがどういう意味か心得ているのか問い掛けには答えずアタシの髪を掬って耳にかけてくれる。


「ううん。入ったら虎に言い包められて食べられちゃいそうだから今日はやめておく。


善。


私、今日善の『抱けない女』に会った」



「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る