「靴下置いてってねーの? 何かで押さえないとすぐ剥がれる」


「あー…置いていかなかったかな…。大丈夫、ありがと」


「じゃ念の為もっと頑丈にしておくか、剥がれたら意味ないし」


一介の靴擦れとは思えないほど、最終的には足首にネットをはめられた後芹が閉じた救急箱をナズナが受け取り、玄関経由でお勝手に向かう。



「あれ、芹も食べるの朝ご飯」


「食べない。水飲み行くだけ」


「昨日は飲み会?」


会った時から何となくやつれ感が漂っているから訊いてみたら「ン゛ン゛」と返事とも取れない返事が返ってきた。



「善は?」


「あー…」


何故か濁す芹。視界に入って俊敏に動きつつ待ってみるも埒が空かず、ナズナの方を見るとあっさり「二日酔い」と答えた。


こんのザルめ…。ナズナを見ただけじゃ絶対わからなかった。


芹も睨んでいたが、丁度お勝手に着いたため流れるようにダイニングの椅子に腰掛けた。すぐにザルが水を注いだコップを差し出している。


ザルは再度冷蔵庫を開け「ベーコンはねーけどウインナーならあるな。卵と一緒に焼くか」とブツブツ。私も手伝おうと一緒に冷蔵庫を覗いた。


「何?」


呆れ顔で振り返られ、「一緒に」と言い掛けたところで「おまえその白い服ぜってー汚すだろ」と返された。


「汚さないよ。汚れてもいいよ」


「そのシミ抜きは誰がやると…? どーせ俺か兄貴か若だろうが…」



怖。不良、怖。


「シミ抜き要らんて」と言うこともできず、芹の「座れー」の声に従いおずおずと向かいに腰掛けた。背後からは手際の良さそうなガスの点火音が始まっている。



「で、今日はどうした。そんなめかし込んで」



出会した後、手当してもらいながら芹ならきっとそう思っているだろうなと考えてはいたけど改めてツッコまれると想像以上に恥ずかしい。




一昨日、天野に持ち出された提案。


『俺が“他の男に貰った服”買おっか』に対し『これ以上男に借りは作らない』と自分で選んでみた女の子の服…。


慣れないこれだけでも恥ずかしいけどもっと恥ずかしいのは善への恋心この気持ちを諦められるよう努力する、より、自分も女の子として見てもらえるかもしれないという小さな可能性に賭けた浅はかな自分だ。

いつも、やってみてから自分の愚かさに気付いて恥ずかしくなる。



「めかし…や、いっつも高校のジャージかナズナの服だから…私も社会人になったし、ちゃんと、その…こういうの着ようかなって」


「自分で買ったの?」

「っ」


善に訊かれるより先に、芹に訊かれてしまった。



「…ぅうん」


首を横に振る。それと同時にナズナが思わずお腹が鳴るような美味しそうな匂いのする朝ごはんを早速運んできてくれた。



うそだ。本当は自分で買った。

昨日の退勤後、コンビニ以外殆ど寄り道なんかしたことないくせに背伸びして、まだまだなけなしの貯金からお金をおろして、同年代の女の子たちが行くような、服やコスメ、雑貨のお店が集まったビルに行ってみた。

一歩ビルの中に入るだけで、緊張で汗をかいた。

お店の中に入るのはもっと勇気が要って、もっと緊張した。

どれが女の子らしいのか、どれだったら善の眸に私が女の子として映るのか。わからなくて。声を掛けてくれた店員さんにも迷惑をかけながら選んだ。


けど、朝着てみたら、やっぱり付け焼き刃じゃこんなにも似合わないんだって思い知らされた。


善が選んで触れるような女の子は、こんなこと、もうとっくのとうに経験していて。


ヒールで靴擦れしたりしない。





「冷めるぞ」


隣に自分の分を置いて椅子を引いたナズナにはっとする。「ほい」とこんがり食パンが乗った四角いお皿も寄越されて、ありがとう…と呟いた。


「飲み物は自分で」


「うん」


そそくさと再度立ち上がり、冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注ぐ。同じような色のワンピースが視界に入ったけど、何となく、目を背けてしまった。頑張って買った、勝負服なのに。

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