『善、滅茶苦茶えっち上手いから』
から…
から…
その日の帰り道。
本日のハイライトが再生、No.1パワーワードが頭の中でこだまする。
疲れた頭の所為にしたい。しよう。
思い出すのはそれかと静かに突っ込む。
結局その場は迷惑な女が立ち去り、不思議そうな桐と鬱々とした男、天野と天野を疑う私とでお開きとなった。
「はぁ」
あの女は前に何処かで会ったことがあるのか、桐にまさかまた会うとは と言っていたけど、私も。
まさか善のそういう関係の人に出会す日が来るとは…予想してなかった。何だかんだ初めてじゃないか?
『善絡みって言ったらもっと高飛車な感じなのかと思ってた』
私を見た天野が言っていた言葉を思い出す。いかにも、な女だった。
痕も、あの女が…?
やめておけばいいのに。勝手に想像してもやもやと暗く湿度の高い、気持ちの悪い感情が胸に拡がる。
善の相手が
今まで女に言い寄られている所を目撃する事はあっても、付き合っていたり侍らすような善を見た事がなかった。
善は、私の前では徹底して男を感じさせなかった、から。相手が男である可能性も覚悟してはいたというか。まだ異性の方が諦めがつき易かったから、私がそう思い込もうとしていたのかもしれない。今思えば。
「うぅぅぅ」
それにしても…今朝の天野…
頭を抱えて座り込みたい衝動と格闘しながら自宅まで迫っていると、側にある階段から音がして顔を上げた。
「ナズナ」
曇りとはいえ逆光の中見上げた一つ年下の昔馴染みであるナズナは「おー。泣いてんの?」と呑気に聞こえる声を上げて降りてきた。
「泣いてない」
ナズナは私の上の階に住んでいる。見慣れない髪色に染めたのか問うと「なんか…ベージュにピンク?が入ってるみたいな」と適当な返事が返ってきた。
センター分けとまではいかないがセンターに分け目を入れていて、目元に掛かる前髪から覗く僅かな猫目に見下ろされ、思い付きで「飲むぞ」と毎回右手に下げているコンビニのビニール袋を掲げた。
ちなみに善を慕うナズナは初めて会った時から自分の中で男と見做しておらずこうして会話ができている。魚を雄として見ないのと一緒だ。
今は背丈が伸びて私を見下ろすようになった。この状態のナズナと出会っていたら拒否反応が出ていただろうなーとたまに思うことがある。
「んぇー。帰るとこなんだけど」
「は? 降りて来たじゃん。出るとこの間違いでしょ」
「…まぁ」
まぁって何だ。何故目を逸らすどいつもこいつも。
ナズナが吹けもしない口笛を吹くから怪しすぎて詰め寄ると、苦し紛れに口端から「桐は?」と質問が返ってきた。
「いないけど」
「じゃあどの道だめじゃん」
「何でよ」
「え、だって場所ない」
それには首を傾げた。いつもは桐を含めた三人で二階のナズナの家だったりたまには一階の私の家だったりでお茶かお酒か飲むなどする。私の家がたまになのはナズナ(生物学上の男)を私(男嫌いな女)の家に上げない為ではない。単純に、生活能力のない私の家が綺麗にしてくれる
「ナズナの家がある」
二階を指すとグレーのスウェットのポケットに手を突っ込んでいたナズナは口篭った。
「此処で心未と二人っきりは…俺が善さんにコロされる」
「大丈夫よ、善はあんたが思ってるほど私に興味ないから」
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