第38話 ペンタゴン

 リベリカ合衆国の白亜館。大統領の居住地としても著名なこの建物は、政府の政治中枢を担う機関でもある。黒いローブを着た俺たち(死神サリエルと俺)は明らかに場違いな空気を感じつつ、案内役の指示に従って歩んだ。俺はルナン語以外は解さないのだが、このように言語が理解できるのは、これもこの仮面の力らしい。聞き取ったもの、俺のしゃべった内容も勝手に相互翻訳をしてくれるようだ。だから俺の直接の声ではなく加工された音声になるのだろう。もはやこの声にも慣れてきた。幸か不幸か。


 軽く視線を動かして周囲を観察する。案内役を務める男はスーツ姿の比較的若い青年だ。自己紹介時に秘書と言ってはいたが、おそらくは特殊部隊か何かだろう。歩き方が軍人だ。後ろからあからさまについてくる警備兵は魔法無効の装備をしているし、屋根の上からは狙撃兵もこちらを常に監視している。警戒感をひしひしと感じるが、むしろ当然の対応だ。ルナンの警備は正直言って甘かった。まあ、敗戦間近で兵も出払っていたのだから仕方のない部分もあるが……。


 そうして厳戒態勢の中で通されたのは白亜館のホールを抜けた一階の右奥にある書斎スペースだ。公式の訪問や謁見ではないという意思表示ともとれる。だが、かつての三か国協議などでも活用された部屋のようだし、俺たちくらいの人数にはちょうど良いスペースだ。待ち受けていたのは合衆国大統領であるハリス=トゥルーマン。眼鏡の奥に光る優し気に見える目が印象的な初老の男性だ。俺たちを前にしても魔素の揺らぎがほとんど無いのは流石に覇権国家を統べる人物なだけはある。


「ハロー、ニッヴァーナのおふたり、ようこそ白亜館へ。お会いできてうれしいですよ」


 死神はまったく動く素振りすら見せないので、差し出される握手には俺が応じた。死神の態度を察したのだろう、彼も手を引っ込める。


「まあ、座ってください。今日はルナンとの講和について、でしたか」


「ええ。ルナンは聖主制の存続だけを条件に降伏を飲んでもらいました。その条件でそちらも認めていただきたいのです。また、ルナンの統治についてもお話しできたらと」


「ハハハ、ジョークですか?我々に選択肢はないのでしょう?確かに事前には無条件と聞いてはいましたが……統治する際に利用価値が高いという考えでしょうか?どちらにせよ構いません」


 あっさりと納得してくれたのは素直にありがたい。食い下がられた場合には、ルナンの民にとって聖主がどんな存在なのか、その有用性についてなどメリットを提示して説得しようとは考えていたが、先読みされていたらしい。なかなかに頭がきれるようだな。それにしても、このやり取りだけでも今まで涅槃がどんな姿勢でこういった謁見に臨んでいたかは容易に推し量れてしまうな。


「話が早くて助かります。統治については、戦勝国の分割統治ではなく、リベリカ合衆国主導で行っていただくことになります」


「そうですね。これからは我々リベリカが時代を引っ張っていきますよ。それは、ルナンの統治に留まらない。統一政府の中心となり世界の覇権をとる。つまり、あなた方”ニッヴァーナ”よりも我々が上に立つ、そういうことです」


 その瞬間、特殊部隊と思われる兵士たちに周りを囲まれる。武器を取り出そうと次元門ゲートを唱えるが、反応がない。どうやら魔法が使えないようだ。そこでトゥルーマンは手を上げて周りを制し、話をつづけた。


「見返りにもらった核兵器、そしていただいた数々の兵器について、我々も分析させてもらいましてね。いやあ、実に素晴らしい。ですが、もはやあなた方の力は無用だというのが、残念ながら総意となりました。むしろ邪魔になるとね。自由を善と置く国ですから、何かに支配されるわけにはいかないんです。我々……つまり『統一政府』はあなた方”ニッヴァーナ”に宣戦布告します。手始めにおふたりから死んでもらいましょう」


 最初から仕組まれていたと考えるのが妥当か。まんまとはめられたらしい。それも、自分たちの提供した技術によってだ。皮肉なものだな。正直俺には打つ手が思いつかなかった。ただ純粋な格闘能力だけでこの場を切り抜けるというのはあまりにも厳しい。大統領の上げられた手が降り下げられ、周りの兵士たちが銃を放つ。それで終わりだ。


 もしかしたらカンナが言っていたのは、このことだったのかもしれない。面白いものが見れると。それすら俺を殺すための罠……そうは考えたくはなかった。でも、カンナの目的が見えない以上、その線も消しきることはできない。まあ、これも無駄な思考かもしれないのだが。


「殺せ」


 トゥルーマンの上げた手が振り下ろされる。万事休す。と思われたその時、今まで全く存在感のなかった死神がぼそりと呟いた。


「無効解除。奈落流砂タルタロス


 魔法無効の空間に現れたのは巨大な暗闇の穴だった。それは俺たちを取り囲む兵士たちを地面へと飲み込み、残されたのはトゥルーマンと俺たち2人だけだった。


「おお、神よ」




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