第52話 雪国

 ゲートを抜けると雪国だった。真っ白な雪の積もる大地は照りつける太陽を反射して煌めきを放っている。ここに奴らは現れる。誰が来ても対応できるように情報はもらっていた。明光カンナ。彼女は私たちの前に突然現れた。ルナンが敗戦したあの戦争の直後のことだ。


 戦線から半ば無理矢理に外されていた私たちは、敵国リベリカで身分を隠しさまよっていた。あまりにも酷い日々だったのでここで振り返るのは良そう。彼女を一目見たとき、隊長のそばにいたソフィアを想起したのだけど、弥生隊員は今までにない反応をしていたのが印象的だ。クソの一言も発さずに少し目を潤ませていたような気がする。すぐにそっぽを向いてしまったから、ちゃんとは分からないけれど。


 とにかく明光さんは奴らの情報を持っていた。私たちの事もなぜか知っていた。あの出会いは意図されたものなのだろう。彼女は戦力を欲していて、私たちの利害は一致した。そこから行動を共にすることになったのだ。


 話を今に戻すと、ここはソフィエンテ連邦の雪原。しばらく待っていると情報通り奴らは現れた。真っ黒なローブ姿が2つ。美しい柔肌に不釣り合いなホクロのように浮いた存在感を放っている。涅槃だ。私たちからたくさんのものを奪い、自由を奪っている存在。ここで殺す。それが役割だ。


 奴らも私たちを認識し、少しずつ距離が詰まる。そして、あまりにも冷たい空気が臨界点を突破してハジけたように、十字架の仮面をした男が甲高い声を発した。


 「貴方がたですか……我々の同胞を殺害した異教徒どもが!神への冒涜は許されざる悪魔の所業!地獄へと送り届けて差し上げましょう……裁きを受けなさい!裁きの十字架ジャッジメントクロス!


 「俺様の獲物だ!日没の黒炎トワイライトフレア!」


 真っ黒な十字架が私たち4人の背後からそれぞれ出現し、無数の影が拘束しようと迫った。そして上空からは 太陽と見紛うほどの黒く巨大な炎が降ってくる。指示を出すまでもないだろうけど、私は反射的に声に出していた。もはや隊長ではないけれど、癖というものはどうしても抜けない。


「全員マジックキャンセラーを始動。作戦通り2人ずつで各個撃破します。戦闘行動開始」


 私たちの周りの魔素が遮断され、放たれた魔法は何の影響も与えることなく消えていく。そして私とハヅキは”教皇”の元へ走った。魔導小銃を撃ちつつ同時に魔法も放つ。このフィールドは戦いやすい。水の魔素が溢れている。それに、明光さんから借りた軍服には、干渉の範囲を広げたりする機能もついているらしい。


冬神の怒りボレアススキュアー


 教皇を取り囲むように現れた、無数な透明の氷刃が奴を串刺しにしようと襲いかかる。魔法無効の銃弾と氷の刃。そして、それを凌いだとしてもハヅキが魔法無効のナイフと魔法武器を両手に携えて接近している。さて、どうくるかしら。


「無駄なことを!我がしもべたち、神の名の下に敵を殲滅せよ。天獄の十字軍ヘブンクルセイダー


 闇の魔素が次々と形を成し、無数の影を作っていく。そして、それらは軍隊のように隊列を組んで、教皇を守る盾となり、敵を殲滅する兵士となった。彼らは氷刃を悉く破壊し、弾丸をその身に受けて勢いを殺す。そして死んでも次々に増える。なんて厄介な。


「ちょ!コイツら倒しても倒してもキリがないです!タイチョーセカンド!ぶっ放して良いですか?」


 ハヅキは迫り来る影の騎士たち次々と切り伏せている。私も氷の剣を振り、倒していく。一体一体の性能は大したことがない。当たり前だ。1人で生み出している魔法なのだから、この数を精密にコントロールすることなど不可能。どんなに想像力豊かな人間であっても、目まぐるしく変化する戦況に合わせてこの数を操ることはできない。それを証明するように、その十字の紋様が描かれた騎士たちは単純な動きをしている。


「構わない。殲滅しなさい」


「やっちゃいますよお!」


 ハヅキは風魔法を利用して空中へ飛び上がると、両手に魔力を集めて解き放った。


風神達の演舞アネモイ・ディアンテ!」


 複数現れた巨大な竜巻が敵を切り裂きながら踊り狂う。騎士達はなすすべなく切り裂かれ、飛ばされていく。教皇本隊へと向かうのは、その中でも一際に目立つ巨大な竜巻だ。これはいくらなんでも魔法無効を使わずには凌げない。私は荒れ狂う嵐の中で教皇に走り寄る。魔法がかき消されたとしても対応できるようにだ。ハヅキはうまく竜巻を操ってくれており、私には大した影響がない。と言ってもマジックキャンセラーを使用していなかったら流石に無理だっただろうけど。


 しかし、教皇は竜巻に飲まれて消えた。なぜ魔法無効を使ってこない?それからしばらくして騎士達が突如として単なる魔素へと崩壊した。ようやく魔法無効を使ったのか、そう思ったが竜巻は消えていない。異変に気付いたらしいハヅキは魔法を解除して歩いてくる。だいぶ魔力は使ったようだが、もしや倒したのか?それを裏付けるように嵐が去ったあと奴の体が地面にどさりと落下する。


「え!タイチョーセカンド!こいつ死にましたよ?」


 何の抵抗もしなかったのは不可解だ。いや、ワープで逃げようとでもして、それが封じられていたから何の反応もできなかったのかもしれない。だが念のために確実な死を見ておかなくては。


「何か裏があると見て良いと思う。武装は解除せず死体を確認しましょう」


 確かに黒い魔素が流出し、死んでいるかに見える。確かめるべく私たちはゆっくりと近づいていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る