第20話 ファントムメナス

いち早く動いたのはカルラと嵐山だ。やっと自分の出番だとばかりに魔法武器で切りかかる。


「逃すと思ってんのか?クソ仮面ども」


「そうですよ!一発ぶん殴らなきゃ気が済みませんから!」


 そんな声と同時に霜月は氷を這わせ、北条は土の蔓を相手に巻き付けた。だが、切り掛かった武器も拘束も一瞬にして粒となって消え、道化師が発した闇の波動のようなもので全員が吹き飛ばされる。そこにすかさず死神は鎌を持って迫ろうとしたので、俺は咄嗟に魔法を放った。今まで念には念をと影を潜めていたが、満を辞して姿を表すタイミングが来たようだ。


「閃光の眩暈フラッシュディジー


 辺りを閃光が包み、道化師はたじろいでわざとらしくワタワタとしている。だがサリエルと呼ばれた死神の方は、俺の方に振り向くと一直線に向かってきた。咄嗟に黒きブラックアックスを構えて迎え撃つが、斧は鎌に触れると同時に形をなくし一瞬で霧散して消えた。やはり魔法無力化……念の為に鎌の範囲に体を置かないリーチの長い武器にしておいて良かった。


 俺はこういう時のためにと忍ばせておいた一本の特別なナイフを取り出して応戦する。大鎌はリーチに優れているものの、近接戦闘に向いているとは言えない。反転重力でスピードを上げて一気に畳み掛ける。


 案の定、素早く手数の多い攻撃を畳みかけると、相手は受けるのに精いっぱいのようで反撃に転じる隙は与えていない。このまま押し切る。


「またまた新たなご出演者とは。今日は非常に面白い日ですねぇ。それにしても……おやおやおやおやそのナイフ……アンダカさんのナイフではないですか?それに光魔法と闇魔法を両方扱えるとは……実に実に興味深い……」


 ピエロはぶつぶつと独りごちている。アンダカ……あのフルフェイスのことか。俺はこのナイフをずっと持っていた。カンナが消えたあの日から。こいつらの喉元に突きつけるために。


「俺はこいつを仕留める!お前らはそのピエロを逃すな。魔法はほぼ通用しない。肉弾戦で動きを止めろ!」


 吹き飛ばされていた仲間たちは一斉に起き上がって道化師の方に向かう。カルラは不服そうだったが、魔力も相当に消費しているのだろう。渋々だが4人で陣形を組んだ。だがピエロの方は優雅にフラフラと踊るような動きをしている。


「サリエルさん、その方、殺さないでくださいね〜!とてもとても面白いです。もしかすると、もしかするかもしれません」


「……承知した」


「そんな余裕が、あるかな?」


 小細工が通用しないことはここまでの戦いから分かりきっていた。だが、魔法無効はおそらく意識的に発動しなくては作用しない。それは先ほどの奇襲では氷魔法などを喰らっていたことからも明らかだ。認識外の不意打ちならば一瞬の動きを封じたりするくらいは可能だろう。しかしながら、戦闘時には常に魔法無効を発動している節がある。どうすればいいか……。俺はナイフで切り続けるがこのままではじり貧だ。


「脅威なる亡霊ファントム・メナス


 奴もそう感じたのだろう、何か魔法を唱えてくる。だが何が起きたかわからない。しかし、一瞬の違和感が俺の五感を刺激する。ほんの一瞬だが、魔法を唱える瞬間、確かに魔素の揺らぎを感じた。もしかすると……ある仮説が頭をよぎる。


「長月隊長!背後に敵です」


 霜月が大きな声を出したと同時に、俺は振り返らず横に回転して身を避ける。緊急回避後、そこにすぐさま目を向けると大ぶりの鎌が振り下ろされていた。死神がもう一人……?


 どうやら分身のようなものを創造する魔法だったようだ。声を上げた霜月の方に目をやると、あちらもかなりの混戦状態らしい。霜月と北条は後方支援で、旧式の魔導武器である鉛の弾を打ち出す拳銃を撃ち込んでいる。カルラと嵐山も肉弾戦で応戦しているようだが、やはり魔法抜きでの攻撃では相手の魔力を纏った体には傷ひとつつけることはできない。まだ分が悪いようだ。


 俺は先ほど思いついた仮説を頼りにして一度実験を試みることにした。奴は今魔法を使っている。それはつまり……俺は一気に距離を詰めてナイフで切り掛かるふりをしながら、魔法で攻撃する。狙うは本体だ。


「暗闇の生贄ダークサクリファイス


 俺の魔素揺らぎから突如発生した丸い闇の塊が死神の本体を包み込む。と同時に霧散した。しかし、同時に分身も消えている。これは、やはりか。


「奴らは魔法を使っている間、魔法無効は使えないのかもしれん!狙ってみろ!」


「了解!」


 隊員たちは声を揃えて返事をすると、魔法と肉弾戦を織り交ぜた攻撃を始めた。俺も左手には旧式の拳銃を構えつつ、右手には漆黒のナイフを構え再び攻めに転じる。隊員たちも含めだんだんと戦況を有利に進め始めているのがわかった。これは……勝てる。


「気付いたようですねぇ。なんとまあ鋭いお方でしょうか。ああ、面倒臭いったら面倒臭い。全員殺しますか」


 そう道化師が告げたと同時にあたりを一瞬にして怖気が満たした。今まで隠していたのであろう魔力を解放したようだ。選りすぐりの戦闘集団である隊員たちでさえ誰もが身震いしてしまうほどの恐怖。これは……かなりマズイ。魔法を放たれれば確実に殺される。そう本能が悟る。


 もはや打つ手はなかった。唯一つを除いて。あまり見せたくはなかったが、これより他にない。通用するかわからないが、こんなところで死ぬわけにはいかない。うまくいくかはわからないが、試すしかなかった。俺は魔力を集め、ある魔法を放つ。あれを再現するんだ。彼女が使ったあの魔法を。


「神殺しのロンギヌス!」


 わざと大きな声を張り上げて魔法の名前を唱える。俺の手に握られたのは、光り輝く一条の槍。するとそれを見た仮面の2人に明らかな動揺が走った。カンナがアンダカを殺したあの槍。そうだ。全てこの日のためだ。俺がそれを死神に向けて突き出すと、死神はこれまでになく大きく体を後ろに退けた。


「よもやよもやロンギヌス??アナタ、何者です?」


「一度退くぞ。ジョジョ。停止の邪眼イヴィルアイロック


 移動した死神が道化師に向かって耳元でそう告げると俺たち全員の動きが止まる。死神の視界に入ったもの全てが時間を停止してしまったかのようだ。現に死神の後ろにいる道化師は平然と動いているが、こちらには近づいてこない。


 「残念ながら今日はここまでのようです。いやあはやはや、なんとも楽しい1日でしたよ。もうすぐシナンが攻勢に出ますから、それをみなさんが生き残っていたならばまた会いましょう!きっと生き残るでしょうねぇ。ワタシは信じていますとも!」


 そう言うとゲートのようなものが出現した。逃がしてなるものか。そう思うが体は硬直していて声すら出すことができない。道化師がその中へと消えていく。


「解除」


 死神が呟くと俺たちはいきなり体が動き始めて後を追うが、間に合わない。影も形も残らず奴らは消えた。不吉な言葉を残して。

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