第55話 この世界のさらにいくつもの片隅に

竜殺しの大剣バルムンク!」


 私が死を覚悟したその時でした。目の前に神殺しの武器アーティファクトを構えたカルラくんが現れ、斬りつける太陽さんに立ちふさがります。いち早く陣形を立て直すために私の元に走ってきてくれていたようです。相手の剣を受け止めたそのバルムンクは紅蓮の炎を纏った巨大な大剣。かつて竜をも殺したとされる英雄のつるぎ。太陽さんの禍々しかった剣すらも触れただけで一瞬にして蒸発して消えます。


神殺しの武器アーティファクトだと……!?」


 カンナさんから授かりし秘策です。彼女は言っていました。これは特別な魔法なのだと。確かにこれはあまりにも強力です。

 

「みんなに、特別な魔法を教えるね。少しだけ私の魔力を分けるから、じっとしていて」


「お、おい!な、なにする気だ、クソ明光!」


「キスとかを想像したんなら残念!カルラくん、手を触れるだけだよ。それとも……キスのがいいの?」


 ニヤニヤとするカンナさんはとっても可愛らしくて、私までちょっとドキドキしてしまいました。カルラくんは明らかに動揺していて、魔素を大きく揺らしていたし、顔も赤くなっていました。あんなカルラ君を見たのは初めてです。


「くそ!うっせえな!それならさっさとしやがれ」


「これはアーティファクトって言ってね。魔法の頂点とでも言うのかな、とにかくこの魔法に対抗することは普通の魔法ではできないの。マジックキャンセラーですら無意味。だけど、最後の最後、とどめの一撃に使ってね。魔力の消費がものすごいから、いくらみんなみたいに強くてもすぐに倒れちゃうよ」

 

 そう、これは最後の手段。トドメの一撃で使うのが理想でした。バレてしまえばきっと時間を稼がれて、通用しないからです。警戒されないときに相手の意表を突いて使うはずでした。でも、私が不甲斐ないばかりに、カルラくんに使わせてしまったのです。でもあの激闘の後に生み出せる魔力があるなんて……。


「クソッタレ。これしか……なかった」


 太陽さんの魔法武器はそれほどまでに強力だったということでしょう。カルラくんがそう判断したなら間違いありません。そのあと何度かバルムンクを使って太陽さんを斬りつけていましたが、やはりカルラくんの魔力は限界だったようです。意識を失いかけて倒れてしまいました。


「俺様としたことが、ちいとばかり驚いた。だが、一発芸だったようだなあ!さよならだ」


 再び現れた魔法の刃が倒れたカルラくんの背中に突き立てられます。あなたの死は無駄にはしません。と私が走り込んだ時、今まで周囲を舞っていた魔素の揺らぎが突如消えました。カルラくんがマジックキャンセラーを使いながら、太陽さんの足を掴んだようです。これで彼も魔法が使えません。


「ちくしょう!雑魚が!小細工をしやがって!離しやがれ!」


「今だ!サツキ!」


「はい!」


 カルラくんは踏み付けにされ、足蹴にされながらも叫びました。私の名前を。初めて名前を呼ばれました。私は反射的に歯切れよく返事をし、魔力を最大限に高めて伝説の武器を具現化。その神々しい槍は太陽さんを貫きました。


英雄の魔槍ガエ・ボルグ!」


「雑魚のくせにお前まで……!?何なんだお前らは……」


「涅槃を殺す者です」


「……俺様が……こんな……」


 彼は魔素となって消えていきました。流石の彼らとて神をも殺す武器の前には成す術がないのでしょう。神のように傲慢でしたが、それでも死はどこか儚くて、散っていく黒い魔素もどこか物事の無常さを感じさせます。だけど私はついにやったのです。奴らを打倒したのです。


「やりました!私たちの勝利です!」


 私は顔が熱くなるのを感じます。いつも抑えていたはずの心の声が漏れ出てしまいました。恥ずかしい。どうせまた何か言われるに違いありません。


「やったな……!クソ勝利だ」


 カルラくんは何とか全身を痛そうにしつつも立ち上がり、笑顔を向けてくれました。それは思っていた反応ではありませんでした。でも、何でしょうこの感情は……。とても、気温は寒いはずなのにとても、暖かいものを感じます。勝利の味というやつでしょうか。とにかく、私たちは勝ったのです。あの忌まわしき涅槃に!


 激戦の後を埋めるように雪がちらつき始めます。その光景はどこか神秘的でした。今までは雪を見ても何も感じなかったのに。きっと今日は特別な日。詰まっていた何かが外れたように、私はほっとため息を吐きました。その息は白くて、そして暖かいものでした。

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