第28話 ディープインパクト

「クソッタレが!炎神による破壊プロメテウスブラスト!」


 放った巨大な炎の塊が、大量になだれ込むシナン軍のクソ野郎どもに炸裂した、はずだった。だがそれは何もなかったかのように掻き消え、オレは舌打ちを漏らす。


「弥生隊員!無駄に魔力を消費しないでください」


 あのクソトバリがいなくなって臨時の隊長をしているクソ真面目女が説教じみたことを言ってくる。腹が立ち魔素が揺らぐが、いったん後退した。奴らが放つ魔法無効の銃弾がきやがったから仕方なくだ。


「副……違う!ニュータイチョー!やっぱり魔法きかないですよ!どうしますか!」


「距離を取りましょう。司令部の言うことが確かなら、持ちこたえればこちらにも物資が届くはず。とにかく時間を稼ぎます。魔法は直接の攻撃として使うのではなく、建物の倒壊を利用した攻撃で敵の進行を遅らせることに集中して!」


 オレたちはクソみたいな状況に置かれていた。大量のシナン軍どもは新しい武器を使ってイキがってやがるし、撤退を繰り返すつまんねえ戦いばかり。それもこれも涅槃とかいうクソどものせいだ。そして急にいなくなりやがったアイツのせいだ。マジでどいつもこいつもクソばかりだが、この混乱を引き起こしてる無能な司令部の奴らも同罪だな。司令長官が死にかけだとかで、指揮系統もぐちゃぐちゃにぶっ壊れてやがる。


 「巨神の投石《ティタンカタパルト》」


 隊員であるクソメガネ女が地面をえぐって投げつけた。それは物質的であるためかなり効いているらしい

。シナンのやつらも魔法を放って防御しようとするが、自分たちのマジックキャンセルによって打ち消されてやがった。ざまあみろ。


「いい判断ね、北条隊員。このまま敵をかく乱しつつ時間を稼ぎます。もし接敵した場合は魔法と各自持っている旧式の銃で応戦すること。いいわね」


「イエッスマアム!さつきちゃんも流石~!ウチら近接戦闘員は結構キツイんで頼りにしてますよぉ!ね、カルラっち?」


「けっ」


 クソ緑女はこんな状況のくせに笑ってまっすぐに見てきたので、オレはつい目をそらしていた。どうにも、こいつの扱いは苦手だ。なんつうか、こんな風に対応してくる奴は珍しいのだ。妙になれなれしいのがどうにも変な感覚にさせられる。


 オレはあらゆることにイライラとしながらも指示が正しいことは理解していた。クソしょうもねえが時間稼ぎをするしかないらしい。そうしてオレも建物をぶっ壊したり、魔法に銃弾を混ぜて撃ちこんだりと、クソな戦いを繰り広げ続けた。


 ――


 どれくらいそうやってクソなことをしていただろうか。オレたちは作戦本部の近くまで後退していた。そして遂に援助物資が届いたらしい。本部から多くねえ援軍とともに魔法無効小銃が配布された。


 「各隊で1人これを使うようにとの指示だ。もう少し待てば戦艦が到着する。死に物狂いで持ちこたえよ」


「待ってください。この一日戦いどおしで私たちの魔力もかなり限界に近いです。いちど本部で食事など休憩をいただけないでしょうか」


「許可できない。こちらもそんな余裕はないのだ。やつらを撤退に追い込むまでは決して引くことはできないと思え」


 要求を冷たくあしらわれ、ほかの隊員たちはクソ落胆していた。腑抜けた奴らだ。


 「よこせ。オレがあいつら全員ぶっ殺してやるよ」


 だが、魔素の揺らぎがぶつかるのを感じる。銃を受け取ろうとするオレの手を止めていたのは新隊長だ。オレのことをまるでクソでも見るみたいに鋭い目つきで睨みつけている。


「離せ。てめえらはもう帰ってもいいぜ?疲れたんだろ?」


「勝手なまねは許さないわ。その銃は私が使います」


「隊長になったからって調子乗んなよ?やる気ねえやつは邪魔だから帰れっつってんだよ」


 「この銃と弾薬は置いておく。軍機違反だけはするな。さっさと戦場へ迎え」


 「まったくこれだから落ちこぼれどもは……」そう吐き捨ててクソ補給係は去っていった。オレは魔素の揺らぎを思い切り広げ、そいつに悪意のこもった魔素の揺らぎをぶつける。それにびくりと反応して振り返るが、睨みつけてやるとおずおずと逃げていった。いい気味だ。


「いい加減離せ」


 腕をつかんでくる冷えた手を振りほどこうとするが、ガチガチに固まった氷みてえに離れなかった。


「その銃は私が使います。理解しましたか?弥生隊員」


「カルラっち~!いいじゃないですか~!いつも通り派手に魔法をぶっぱなしましょうよ!」


「……魔力は温存」


 こいつらオレのことを何だと思ってやがるんだ?どうせ後先考えず銃弾をすぐに使い切るだとか、魔力切れでぶっ倒れるみてえな安直な想像をしてるに違いねえ。ぶっ殺してやりてえところだが……どうにも女は苦手だ。男だったら全員、問答無用でぶっ倒してやったんだが。クソ。アイツがいたころの方がどうやらマシだったらしい。


「わかった……銃はてめえが持ってけ。だからさっさと離せよ」


 そう言うと、しばらく間が空いた後にようやく氷は溶けて腕が自由になる。周りでは銃声が聞こえ始めていた。シナンのクソどもが近づいているらしい。だが、あいつらも行軍し続けている身だ。流石に夜になれば停戦状態になるだろう。それまでダリいが時間を稼ぐしかないらしい。クソつまんねえ展開だ。


「あと数刻もすれば夜になり、奴らも進軍を止めるでしょう。だから、それまでどうにか持ちこたえる。接敵した場合は、基本的には先ほどと同様に建物や瓦礫などを活用した攻撃で魔法を引き出して。私がそこにこの銃を撃ち込むから」


 そう言い終わったくらいか、周りがざわざわと騒がしくなった。やつらのお出ましってわけか、オレは魔力を込めて周りを見渡すが、特に異常はない。


 「た、たいちょー!上見てください!なんですかあれ!!」


「涅槃の……戦艦」


 クソ緑が指さす先を見ると巨大な戦艦が赤い魔法陣を煌々と光らせていた。クソッタレ。あれは高校時代に見た。突然上空に現れた巨大なそれは、莫大なエネルギーの塊を今にも放とうとしていた。明光カンナ……あいつはどうやってあんなクソでけえ化け物をぶっ倒したんだ……?成長したはずの今のオレにもまったくできるイメージがわかねえ。それが悔しかった。そして、今どうすればいいのか、正直言ってわからなかった。


「退避しようにも今からじゃ間に合いそうもないわね……。魔法無効の銃弾があれば防げる……かもしれない。やれることは全部試しましょう。まずは一発これを撃ち込んでみて反応を見ます。もし防げなければ全員で最大限の防御魔法を多層的に使う」


 直感的に悟る。アレはそんなんじゃ防げねえ。全員死ぬ。間違いなく。


 死ぬ覚悟はできていると思っていた。本当のところオレは特別で、死ぬわけがねえと思っていた。そういえばクソトバリに殺されかけたあの日も同じような感じだったことを思い出す。死はいつも突然にやってくる。結局オレはまだ弱いままだ。力は増しても、よええ奴らをいくら倒しても、つええ奴とひりひりする戦いをしても、この死というものを前にしてはそんな作り上げてきた自信みたいなものはあっけなく崩れちまう。


 そして、その時はやはりあっけなく訪れた。戦艦の光が広大な円を描き、そこから高圧の巨大なエネルギーの柱が次々と降ってくる。もちろんオレたちの元へも例外なくだ。クソ真面目は銃弾を放つが、案の定意味をなさなかった。


「各自、防御魔法を展開!絶対零度の氷盾ゼロ・アブソルート


「風神の加護ディフェンシブ・ゼピュロス!」


「守り神のシールドオブラレース


 他の隊員たちは次々と防御魔法を展開した。無駄だ。光の柱が迫る。やはりほとんど勢いは止まらない。


「弥生隊員!あなたも早く!」


「カルラっち!!頼みます!」


「……」


 クソだ。オレ一人の魔法が加わったところで何も変わらねえ。こいつらもそれがわからないわけじゃねえはずだ。だが、諦めていない。何もわかってねえだけか?


 いや……いま一番クソなのは……オレ自身か。巨大な魔素の塊が頭上に現れる中で、ふと視界の片隅に人影が見えた。明光カンナ……?走馬灯か何かか?クソが。アイツにもやれたんだ。オレにだって。


「くそがあああ!炎神の守護アグニスバリア!」


 オレの形作った赤い巨大な盾が高圧力の魔素にぶつかる。全力で魔力を込めつづけるが、やはりほとんど勢いは変わらない。全員が最大限の魔力をつかっても、こうなる。わかっていた。クソほど無駄な抵抗だ。まあ、さっきほどクソな自分ではねえし、終わるなら終わればいい。それまでの男だったってわけだ。防御魔法が砕けていく。


 そして、光の柱がオレたちを飲み込んでいく。


 オレは死んだ。


 そう思った。だが、目の前にあったのは信じられない光景だった。それは1人の女だった。黒いローブが激しい風圧で靡き、フードが外れる。桜色の髪の毛を2つに結んだ後ろ姿。


「飲み込め。黄泉加具土命ヨミカグツチ


 そいつが放った魔法は、何が何だかわからなかった。現れたのは勾玉だった。大した大きさでもないそれは降り注ぐ莫大なエネルギーをまるで渦潮みてえにすべて飲み込んだ。


「やはりおぬしら如きではアレは止められんな。全員、魔力切れすれすれと言ったところか。いたし方あるまい。面倒じゃが運んでやるか。まあどうせ近いうちに死んでもらうがの」

 

 女が何かつぶやいている。あれは明光カンナ……なのか?薄くなる視界で周りを見るが、全員がほぼ意識を失っている。そして、ルナン軍もほぼ殲滅されただろう。なにもかもクソだ。オレも、もう意識が落ちそうだった。女が振り返る。それは狐の面をしていた。一体……何者だ?疑問を残したまま、意識は落ちていく。あっけなく。

 


 

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