第29話 戦いのとき

 「このゲートの先にお前の隊員どもを待たせてある。ワシが監視役じゃ。しっかり殺せるか見届けさせてもらう」


「ああ。行くしかないんだろ」


 30分でできることはした。あとは上手くやれるかどうか。


「殺さず転送するなどという小細工は通用せんからの」


 ツクヨミはゲートをくぐろうとしたときにぼそりと呟いた。それくらいはしてくるだろうと思ったが、やはりワープなどで逃すことは難しいか。最もシンプルでやりやすいプランだったんだが……プランBに変更しなくてはならないらしい。


「図星か?お前の考えそうなこと、いや……誰しも考えることじゃな。とにかく行くぞ」


 俺たちはゲートを潜る。この感覚にはいまだに慣れない。一度体が崩壊して再構成されるような恐ろしさだ。ゲートを抜けた先は、どこか人の手が入っていないような荒地だった。砂煙が吹き荒れており、視界はあまり良くない。その中で平たくひらけた場所に4つの魔素揺らぎが見える。霜月、カルラ、嵐山、北条。こんな形で再開することになるとは……。アイツらもこちらに気付いたらしい。お互いに一歩ずつ近づき、話ができる距離になるとカルラが口火を切った。


「おいクソ狐!コイツをぶっ殺せばいいんだよな?」


「そうじゃな。このシヴァを殺せたならお前たちを元の場所へ帰し、お前らの隊長も返してやろう」


「タイチョーはまだ生きているんですね!?そうと決まればすぐにでもぶっ殺しましょう!!」


「待ちなさい。隊長が生きているという証拠はあるのかしら?そもそもどうして隊長を連れ去ったの?」


「証拠?そんなものはないな。そこは信用してもらうしかない。理由にも通ずるが、アイツには利用価値があると考えたからな。まだ生きておる。詳しいことは言う義理もない」


「どの道……選択肢はない……でしょ?」


「そうじゃな。殺すか殺されるか、どうせ二者択一じゃ。せいぜい抗え」

 

 ツクヨミはそう言うと一瞬にして距離を空け、こちらを観察する体制に入る。

 

「やるしかないみたいね。前衛と後衛に分かれて叩くわよ」


 霜月の言葉で隊の面々は即座に陣形を組んだ。ああ。そう来るだろうな。

 

「悪いが、ここで死んでもらう」


 自分の声に少し驚いたが、どうやらこの仮面の作用で音声も変わるらしい。これで俺だとバレる可能性が減るわけか。致し方ない。初手から闇魔法を解き放つ。やるしかない。

 

 「重力隕石グラビティメテオ


 周囲の地面が音を立てて宙に浮かび上がり、巨大な塊が複数の隕石として放たれる。えぐれた地面と降り注いだ岩石によって無数のクレーターが築かれる。

 

「みんな……近寄って。大地の真球アーストゥルースフィア


 それを遮るような形で地面から四人を守る美しい球体が現れた。隕石は球体めがけて降り注ぐが、傷ひとつ付いていない。隕石の雨がひとしきり降った後、球体も消えてカルラと嵐山が飛び出してくる。大剣と爪。いつもの魔法だ。そして後方からは鉛の銃弾と、氷魔法で作られた槍が間髪入れずに俺の方へと向かってくる。コイツら、やはり敵に回すと非常に厄介だ。連携も取れているし、それぞれの個性を活かしている。本当に……厄介この上ない。


 それにしても。暗黒魔素だったか。かなり魔力効率がいい。あの規模の魔法を使ってもエネルギーが無限にも感じる。この世界のほとんどが実のところ見えない魔素で覆われているのは確かなようだ。これなら基本的に魔法無効に頼る必要はないな。アイツらには悪いが実験に付き合ってもらうことになる。


「暗黒の三叉槍ダークトリシューラ、黒のブラックルーム


 禍々しい三叉の槍を2条生み出して両手に構える。そして先頭を走ってきた2人を迎え撃ち、後方から飛んでくる銃弾や槍は少し離れた位置に闇の結界を発動させて無力化する。加えて反転重力によって動きを早めることで2人相手になんとか対応した。とはいっても流石にこの2人を同時に相手するのは厳しい。癖や手の内があらかた分かっているから対応できているものの、初見でこのレベルの実力者を相手取るにはまだ俺の強さは不足しているようだ。


 炎の大剣と風の爪。繰り出される連撃は、俺の武器が纏う黒い魔素と交わるたびに鮮やかな緑と赤の火花を散らす。やはり思ったよりも手強い。直接命のやり取りをするのはもちろん初めてだ。さて、どうしたものか……少し思考を巡らせる。そんな余裕があることに少し驚きながら。


 致し方ない。俺はマジックキャンセラーを発動し、2人の魔法を消した瞬間に生まれた隙をついて、掌底をカルラに、中段の三日月蹴りを嵐山に叩き込む。不意をつかれた2人は吹っ飛ばされて地面に転がった。予想外の威力に俺も少し驚く。このローブか仮面に戦闘能力を著しくあげる何かしらがあるに違いない。


 「2人とも魔法に頼りすぎです。魔法以外の攻撃も織り交ぜてください!」


 霜月が檄を飛ばす。正しい判断だろう。あの二人は一度戦闘に入ると考えが止まるからな。改めて意識させる必要がある。4人の位置が少しばらけてしまったが、これにはどう対応するか。


「荒れ狂う武器群アームズランペイジ


 空中に闇で作られた武器が群を成して生成され、それぞれに襲いかかる。懐かしい魔法だ。昔は使うことなど考えられなかったが、今の俺なら普通に扱える。それにしても、高校生でこれを使いこなしていたとはやはり末恐ろしい。あのキザは軍役を逃れて悠々と権力を上り詰めてでもいるのだろうか。戦闘中にそんな関係のないことが思考を掠める余裕まで持てているのは自分でも驚きだ。全員が魔法武器を使って武器を薙ぎ払ってはいるが、これだけの数を長時間捌き切るのは流石に難しいだろう。さて、どうくるか。


「体制を立て直します。一箇所に集まりましょう」


「そういうわけにはいかないな」


 俺は武器の数をさらに増やし、合流する隙を作らせない。


「私を信じて走ってください。金剛の細氷ダイヤモンドダスト」


 霜月の魔力干渉が広がり、薄氷の如きカーテンが4人を庇うように展開する。そして、それに触れた武器が次々と凍って崩壊していった。魔力の消耗は激しそうだが、うまく4人が合流できたな。


「アイツ、なんだか、とーっても戦いづらいんだけど!」


「ああ。あのクソマスク、俺らの動きを読んでやがる」


「情報の共有が成されていると考えるべきでしょうね。とはいえ何か引っ掛かります。既視感がある動きなんですよね……デジャヴというやつでしょうか」

 

「私も……デジャヴ」


 どうやらバレつつあるようだな。勘の良いガキは嫌いじゃない。俺は魔法を解除して、奴らから借りておいた魔導兵器を背中から取り出す。一見するとただの魔導小銃だが、弾は特別性らしく魔法を無効化して貫通する。自分で使っておいて言うのもなんだが、つくづく嫌な武器だ。俺は黙って銃口を4人に向けて放った。対応してみろ。


「ただの銃ではなさそうです!前衛後衛2人ずつで散開。一度遠距離魔法で弾きつつ回避せよ」


 霜月はやはり優秀だな。カルラと霜月、嵐山と北条がペアとなり弾丸の軌道からいち早く逸れる。銃弾へと放たれた氷柱と土塊は綺麗な弾痕を残してすぐ、単なる魔素へと崩壊した。俺は霜月とカルラの方に銃を乱射しつつ、魔法を嵐山北条ペアへと放つ。


「暗闇の生贄ダークサクリファイス


 出現した黒い球体が2人を包んで、そのまま押しつぶす。ことはなかった。


「暴風神の穿通テュポーンペネトレイト!!」


 闇を貫いて螺旋状の風の刃が一直線に俺の元へ向かってくる。あれは食らったら死ぬな。マジックキャンセラーを起動して無効にし続ける。かなりの威力だがこんな出力で魔力は長く持つのか?


「今ですみんな!!今なら接近戦で仕留められます!」


 なるほど。魔法無効を使わせ続けることでこちらの魔法を封じているというわけか。嵐山、戦闘時だけは賢くなるな。北条は小銃を構え、カルラは俺の撃つ銃弾をかわしながら近づき、霜月は……なんだあれは……そうか。これはまずい状況だ。思い返せばすでに涅槃からの支援物資がルナンには行き渡っている。霜月が魔法無効の小銃を持っていても不思議ではないか。


「魔力!尽きちゃいますううううう!」


「嵐山隊員!もう少し耐えてください!」


「お前の魔力が切れたらオレがその役をやる!クソ早めに言え!」


 一方からは最強クラスの風魔法、一方からは剣を構えた突撃、そして2つの銃口から入り乱れる鉛と魔法無効の弾幕。良い連携だ。嵐山の魔力が切れかけてもカルラのバックアップもある。おそらく道化辺りなら死んでいたんじゃなかろうか。この魔法まで使わせるとは、こいつらはやはり強い。俺がいなくともきっと生き残るだろう。だが、俺も死ぬわけにはいかない。


「歪む重力場ディストーショングラビティ

 

 放たれた全ての弾丸と魔法は空間の歪みに沿って俺の上方へと逸れていく。そして、4人の体が地面を離れてふわふわと浮き上がった。

 

「なんだよ!クソ!チート野郎が!」


 なんとでも言え。同時にもう1つ。


日蝕世界エクリプスワールド


 周囲一帯が真っ暗に染まり、視界へと入る情報を全て遮断した。俺以外の誰もこの暗闇では一切を見ることはできない。一瞬の静寂ののち、すぐに嵐山が声を上げる。


「何も見えませんんんん!みなさん生きてますかー!!」


「無事よ!光魔法を使います」


「クソッタレ!炎も光魔法も使えねえぞ!」

 

「……死ぬのかも」

 

 そうだ。この闇の空間では光や炎の魔素は完全に遮断されている。もちろん暗闇だ。パニックになっても致し方ない。少し間をおいて……仕上げといこう。


「なんだ!?お前っ……!」


「え!?」


「……!」

 

「まさか……」


 4人の驚いた声が響く。この暗闇は特別な魔法だ。俺には何の効果もない。光の魔力を高め、10秒ほどして、俺は最後の魔法を放つ。


 「生命樹の氾濫セフィロト!」


 張り上げた声に呼応して現れたのは一本の大樹だ。暗黒の中にあって唯一の、異様なまでに光を放つ大木。それは螺旋を描いてみるみると成長し、鋭い枝が4つの影を貫いた。これで終わりだ。もう二度とあいつらと会うことはない。俺は少し暗闇の中で余韻に浸る。お前らのためにも、少しでも良い世界にしてみせる。さようなら……みんな。

 

 俺は日蝕世界を解除して生命の樹を見つめる。枝からは四種類の魔素がそれぞれの色で散っている。故郷の桜を思い起こさせる、儚くも美しい光景だ。俺はツクヨミの元へ行き、一言告げる。魔素を揺らさず、なるべく冷淡に聞こえるように。


「色々と実験できた。さっさといくぞ」


「ふん。随分ダラダラと戦っておると思ったが……まあ良い。次は父親じゃな」


 ツクヨミは光る大樹を一瞥したあとゲートを出現させた。そして俺たちは新しいゲートを潜る。生命の樹は光の魔素へと変わって散った。それは花弁のように流れる風に乗って消えていく。

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