第30話 残されたもの

「隊長……」


 私は久々にため息混じりの声を漏らした。もう長月隊長は帰ってこない。それがわかったからだ。

 

 先ほどの戦いの最中に感じた違和感の正体。それはやはり、あの仮面の人物が、私たちの隊をこの2年に渡りまとめてきた長月トバリその人であるということだった。戦いの中ではその確証はなかった上に、何より隊長が奴らに加わって私たちを殺すという可能性を考慮していなかった。いや、考えたくなかったというのが正しいかもしれない。その可能性に蓋をしていた。だけど真実は残酷だった。彼は涅槃に与したのだ。いや、彼の意思ではないだろう。それでも私は許すことができない。この隊の長が私になるというのが、直近の頭痛の種ではあるのだけれど。


 私が奥の手を使った時。奴らから借り受けた忌まわしい魔道小銃を構えた時。正直に言えば、これで奴等の一人を討つことが叶ったと少し浮かれた。この隊ならば奴らに一矢報いることができる。私たちでも届きうるのだと。でも、その浮いた隙間は一瞬にして闇に呑まれた。撃ち放った弾丸、強力無比な魔法、剣による攻撃、全てが、文字通り宙に消えた。体が浮き上がる感覚は初めてで、気持ちがいいのか悪いのか曖昧だった。そして一瞬にして世界は黒一色に染まる。何が起きているのか分からなかった。この規模の魔法を同時に……。これが奴らとの実力差なのだと絶望に襲われた。届いたかに思われたその手は何も掴むことはなかったのだと。暗闇の中、私はここで死ぬのかと本気で考えた。全き暗闇は死の恐怖を増長させると知った。パニックに陥りそうになりながら、必死で耐える。お母さんも、お父さんも、妹も、弟も、みんな奴らに殺されたのだ。まだ死ぬわけにはいかない。復讐だけが私の生き甲斐だったのだから。


 だけどその暗闇の中にあって、光を纏った人影が姿を現した。光も炎も灯らない場所に現れた天使か妖精。そんな言葉がぴったりな可愛い少女だ。宙に浮いた小柄、いや性格に言えば高校生くらいなのだけれど、大きさは私たちの半分以下だから、なんと表現したらいいのか分からない。その子はソフィアと名乗った。私たちは一様に驚いたけれど、弥生隊員は少し普段と違う取り乱し様だった。何か知っているのかもしれない。あとで聞くとしよう。


「静かに!ツクヨミさまに聞かれては困ります。失礼ではございますが、黙って聞いてくださいませ。霜月リオコさま、弥生カルラさま、嵐山ハヅキさま、北条サツキさま。お初にお目にかかります。わたくしはそこにおります我がマスター、長月トバリさまのアシスタントAIのソフィアと申します。手短に用件をお伝えしますので、よく聞いてください」


 伝えられたのは衝撃の事実だった。ルナンを人質に取られ、やむなく涅槃に協力していること。そのために正体を隠して私たちを殺す必要があったこと。そして、逃げ延びるための作戦。


 「それでは私についてきてください。手頃なクレーターに逃げ込み、クレーター上部を土魔法で覆い隠します。死体の偽装は魔晶石を破壊することで代用しますのでご安心を。あまり時間をかけると怪しまれますので、すぐにきてくださいませ」


 ソフィアの声はどこか人間味に欠けた不思議な響きがあった。でもそれがなぜか心地よく、皆を冷静にさせる作用があったのかもしれない。とにかく、私たちを生かす方法を隊長が必死で立案していたのだ。私たちは黙って信じるしかなかった。それにしてもあの容赦のない攻撃はかなり危なかったのだが……隊長は私たちの方を試していたのかもしれない。もしくは自分の新しい力の実験。いや、合理的な彼ならば両方を兼ねてと言ったところだろうか。なんともお節介な隊長だ。


「生命樹の氾濫セフィロト!」

 

 私たちは地面の下に潜り、隊長が魔法を唱える声を聞く。ツクヨミとかいう狐面の女性が監視役らしいが、確かにただ私たちを消すだけでは簡単に見抜かれそうな鋭い眼光の持ち主だった。彼女の視界から私たちの姿と魔素揺らぎを隠しつつ、おそらくは派手な魔法で各属性の魔昌石を破壊することで、そちらに注意を惹き死を偽装するという作戦のようだ。


 しばらくして、2人はもう去ったのだとソフィアから伝えられる。どうやら隊長の作戦はうまくいったらしい。すべて彼の掌の上だったと思うと悔しいが、今は生き残れたことに感謝しよう。それにしても彼女は地面などをすり抜けて移動していくあたり、そういったものに干渉されない特殊な存在らしい。魔法でもない、涅槃の連中の特殊な技術か何かなのかもしれない。また、マスターの許可した方々以外には見えないのです、と言っていたので偵察など諜報的な手段としてかなり有用そうである。本来の役割とは違いそうではあるけれど。


 こうして私たちは生き残った。それにしても、ここは一体どこなのだろう。私たちは昨日の夕方、シナンの戦艦から攻撃を受け、魔力を使いつくし気絶していた。生き残ったのは、とても気分は悪いけれど、彼女のおかげだ。不遜にも神の名ツクヨミを名乗った狐面の女性。涅槃の中でもかなりの実力者に違いない。意識のなかった私たちをここへと運んだのもあの女性だろう。


「ソフィアさん?質問をいいですか?」


「あと1分ほどでマスターの元へ戻りますが、それまでの間でしたら問題ありませんよ」


「ここは……」


「お前は何だ?何で明光の姿をしてやがる?」


 今まで必死に我慢していたらしい弥生隊員が私の声を遮って怒鳴りつけた。明光とは誰なのだろう。というより、いつもいつも突っ走っていく。昨日だって……私が隊長だというのに、本当に扱いづらい人たちばかりだ。長月隊長、助けてください。


「わたくしは長月トバリさまのアシスタントAIです。掻い摘んで伝えますと、この世界における全般的なサポートをしております。この姿はマスターの記憶中で、最も思い入れが強いと判断したキャラクターを転写したものです」


「明光は生きてんのか?」


「それは存じません」


「チッ。クソだな」


 全くいつも口が悪いのはどうにかならないものなのだろうか。それよりも早くここがどこなのか聞かなくては。私は何か聞こうとするハヅキを抑えて質問する。


「ソフィアさん、ここはどこだかわかりますか?」

 

「ここはリベリカ合衆国にあるモニュメントバレーと呼ばれる国立公園です。……申し訳ありませんが時間ですので失礼致します」


 そう言うとソフィアはスッと姿を消した。不思議な存在だ。いや、それより……リベリカ?完全な敵国の只中で置き去り……。私はため息をグッと我慢して背筋を伸ばす。隊員たちも情報を飲み込むのに少し時間がかかっているようだ。奴らを殺すまでは私は生きなくてはならない。この戦闘以外は最悪な部隊を率いてでも。たとえいつか、元隊長と刃を交えることになろうとも。


 「り、リベリカ~~!?」


 ハヅキの声は砂塵の中へ消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る