第27話 試練

「いやあトバリさん!どうやらどうやら無事にアクセスできたようですねぇ!ワタシは信じておりましたとも!ええ!」


 会議室に入ると例の面々が揃っていた。道化師、死神、太陽、十字架だ。


「これで晴れて俺もお前たちの仲間入りというわけか?」


 俺が声を発すると矢継ぎ早に反論が飛んでくる。


「おいおい、先輩たちに向かってその口の聞き方はねぇんじゃねえか?イキがんじゃねえぞ?雑魚がよ」


「確かに神との謁見は済んだようですが、貴方はまだ洗礼を受けておりませんのでね。我々の仲間などと名乗るのは笑止千万。それにそもそも……」


「大変大変申し上げにくいのですがねぇ。アナタはまだ仲間とは言えないのです。まだ自由にさせるわけにはいきません。裏切らない事を証明していただかなくてはならないのですよ」


 道化はわざとらしく悲しげなそぶりをする。いつもいつも嘘くさい演技だ。


「何をすればいい?それと、いくつか質問したいんだが構わないか?」


「まあ、たくさんたくさん質問はあるでしょうねぇ!先にトバリさんのご質問にお答えしましょう!その後に試練の内容はお伝えします」


 洗礼……試練……。こいつらの仲間などごめんではあるが、ルナンのこともある。しばらくは従順なフリをした方が賢明かもしれない。それに、まだまだ知りたいことはある。ここを抜け出すなどの算段はそれを知ってからでも遅くはないだろう。


「助かる。まずは1つ目だが、涅槃の目的はなんだ?どんな活動をしている?まさか本当に暇つぶしというわけじゃないんだろ?」


「誰です?我々の崇高なる目的を暇つぶしなどと宣ったのは?」


 全員の顔が一箇所に集まる。道化は焦ったような素振りで、ほんの冗談ですよ、などと仮面たちに言い訳を垂れていた。あいつにとっては本音だろうなとも思いつつ、さらに確認する。


「その崇高なる目的、というのは?」


「その質問には我からお答えしましょう。涅槃の目的は至極明快です。世界の秩序を保つこと。それこそ我々が神に選ばれた理由なのです」


 十字がうっとりするように言う。しかしながら、世界の秩序だと?明らかにそれを乱しているとしか思えない。


「ワシから補足するがの、お主も上位次元の歴史を少しは聞いたじゃろ?」


「ほんの概要だけだが」


「ま、端的に言えばの、わしらはその歴史をなぞっておるんじゃ。さすればこの世界も、彼方の世界と同じように平和が訪れるというわけじゃな」


 確かに2040年時点での上位世界では、ほとんど戦争も起こらず、飢餓や疫病や暴力で死ぬ者もかなり少ないと聞いた。念のためソフィアにも確認すると、それらしい答えが返ってくる。とはいえ、歴史をなるべく辿ったからといって同じような未来になるとは到底思えない。そんなに単純なものでは無いはずだ。全く前提条件が違うのだから論理的には成り立たない。


「前提条件が違いすぎないか?魔法も存在しない世界の話をこの世界に当てはめてうまくいくとは思えないが」


「いえいえトバリさん!実は我々の住むこの世界というのは彼方の世界のうつし世なのです。地名こそ異なった形でつけられてはいますが、その姿形はまさにコピーなのですよ!それに、ここに暮らす人間も彼らのほぼ完全な生き写しとして制作されたのです!それゆえ、我々が介入して同じプロセスを踏んでいけば、同様に平和を作り出すことは可能ですとも!私たちの魔法も彼らの科学もほとんど同じものですからねぇ。”十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない”とは上位次元の科学者の言葉だそうです。まさに至言であり名言ですねぇ。要は見えないプロセスが違くとも、見える結果さえ同一であれば、それは結局、同じものなのですよ」


「そう!まさに神は御自分の御姿を模って我々を創造されたのです!ああ、なんと高貴な……!」


 あまりに楽観的で、自分達を過大評価しているようにしか思えない。人間は複雑だ。最初の些細な誤差が後になって予測できないほどの溝になることだってある。奴らの計画はあまりうまくいくとも思えない。だがとにかく、こいつらの行動指針はわかってきた。


「だが、大戦はもう3度目だ。すでに歴史通りには進んでいないんじゃないのか?」


 確か、上位世界の大戦は2度しか起きていないはずだ。


「1度目は行ってしまえば地ならしじゃ。ワシらからすればただの小規模な戦争の寄せ集めじゃよ。上位世界にあって、この世界で起きていなかった戦争を、ワシらが同時多発的に起こした。それが魔導大戦などと大層な名前がつけられてしまったと言うわけじゃな」


「……理解はできた。2つ目はカンナのことだ。カンナは涅槃の一員だったのか?」


「ふむ……涅槃の一因だったと言ってもほんの短い期間だけじゃ。あやつは正義感が強すぎた。大義のためであっても、目の前の小さな犠牲を払うことを許せないとな。そして抜けていった」


「抜けたのはいつのことだ?」


「あれは……15年前じゃったか。ただの子供の家出のようなものじゃと思っとったが、本当に帰ってこんとはの。ワシにも甘さがあったというわけじゃな」


 ツクヨミは初めて感情らしきものを声音に滲ませた、ように思えた。コイツも母親であったということか。そこにかなりの違和感は覚えるが、人には誰しもいろんな一面がある。それにしても、カンナは8歳からずっと一人で生きてきたということになるが、そんなことが可能なのか?それに……そうなるともっと幼齢の時からコイツらと一緒に少しでも活動していたというのか?どうも納得がいかない。


「いくらなんでも、まさに子供すぎるんじゃないのか?お前らみたいに不老というわけでもなかったようだし」


「カンナは他世界からの転生者じゃよ。生まれ変わったのがたまたまワシの娘じゃった。だから順応も早かった。それに他世界の価値観も根強かったようじゃな。お前が一緒にいたのはただの17歳の娘っ子などではなかったわけじゃ」


 カンナが他世界からの転生者?思い当たる節がないわけでもないが、まだ腑には落ち切らない。それに……。


「転生者がまだこの世界に来ることもあるのか?」


「ごくまれにな。このリインバースからプレイヤーが去ってからおそらく500年以上は経っておるからの。この世界と同じように、出産などでデータコードが引き継がれるような世界からしか現れん。把握している限り100年に一人といったところかの」


 プレイヤーが去ってから500年以上……なるほど、600年前に人類が魔法を獲得したタイミングというのは、このゲームが生まれた瞬間だったということなのか?つまり、人間たちがこの世界に来ていたのは中世辺り。そしてプレイヤーは、このゲームがサービスを終了していなくなった。こいつらが本格的に歴史をなぞり始めたのがⅭ年近く前に終わった第一次魔導大戦ということなのだろう。そう考えるとコイツらがやろうとしていることはあまりにも壮大だ。


「お前らは転生してきたわけではないのか?」


「違うな。今おるメンバーは全員がこの世界で生まれた者じゃ。転生してきたやつが加わっていたこともあったが、奴らは世界に飽きると他の世界へ行ってしまったわ。ワシら後継者は転生できるという確証はないからの。本当にこの人生に飽きたやつは何人も死んでいったが、そ奴らが生きておるのか死んでおるのか確認のしようがない。ワシは少なくともこの計画をやり遂げるまでは生きるつもりじゃ」


「流石ですよさすが!ワタシたちも同じ志を持っておりますとも!安心してくださいませツクヨミさん!アナタは一人ではありませんよ!」


「うるさい。黙っておれ」


 道化は萎れたように頭を抱えている。この話題については一度また整理しておく必要がありそうだが、今はとりあえず次の質問に移ろう。

 

「3つ目の質問だ。お前たちの使う魔導兵器はどうやって作っている?」

 

「ああ、それはですねぇ……」


「それ以上は試練を終えて正式な涅槃の解放者になってからじゃな」


 喋ろうとする道化を遮って、ツクヨミがピシャリと告げた。


「まだ質問が」


「なしじゃ。思ったよりも長い」


 それは俺のせいじゃ無いだろと言いかけるが、無駄骨になりそうなので先を促す。


「試練とか言ったか……何をすればいい?」


「未練を断ち切ってもらうだけじゃな。お前の部隊の隊員たちを皆殺しにしてこい。あとは父親もな」


 ツクヨミの発した言葉に思考が一瞬のあいだ止まり、言葉に窮してしまった。理解したくないと心が拒んでいるかのように、理性と心が葛藤しているのがわかる。アイツらを俺の手で?親父を俺の手で?俺は必死になってなんとか言葉を捻り出す。

 

「もし、断ったら?」


「ワシらがお前もろとも殺すし、ルナンに大規模な侵攻作戦を実施する。ダウンフォール作戦というやつじゃな。詳細は……お前のアシスタントAIにでも聞くがよい。彼方の世界で計画だけされて実施はされなかったものじゃ」


「俺様としてはそっちの方が楽しいかもなあ」


「実に実にムゴイ仕打ちですよねぇ。でもワタシはトバリさんならきっと成し遂げてくださると信じておりますよ」


 どうやら俺に選択肢はないらしい。何か道はないか……。


「俺が、もしアイツらに殺されたら?」


「それも結末は、断った時と同じじゃな」


 俺はダウンフォール作戦についてソフィアに尋ねる。先ほども思ったが、ソフィアは奴らに見えていないらしい。コイツらのアシスタントAIも基本的には本人にしか見えないのだろう。心の中で尋ねるとすぐに答えが返ってくる。


「ダウンフォール作戦は日本本土への大規模な上陸作戦です。実施される前に日本が降伏したため実施はされていませんが、もし実施されていれば史上最大規模の水陸両用作戦となっていたでしょう。アメリカ合衆国だけでも間接的な人数を含め500万人以上が関わる作戦でした。詳細を希望しますか?」


 これと同規模の侵攻を起こすことになれば、とんでもない人数が死ぬことになる。なにか、全員が助かるような道はないだろうか……。


「少しだけ心の準備をさせてほしい」


「おいおい、大丈夫かよ。やっぱり雑魚だろこいつ」


「スーリヤさん!トバリさんはこう見えてお強いですよ。ワタシとサリエルさんが保証します!ね?サリエルさん?」


「……嗚呼」


「へ。お前ら如きじゃたかが知れてるがな。闇魔法の裏技くらいは教えてやったほうが良いんじゃねえの?」


「ああ!それはナイスでグッドなアイデアですねぇ!ワタシからお教えしましょう!準備の時間で習得してみてください!暗黒魔素を使うんです。この世界には、目には見えない存在、ダークマターのような魔素が満ち溢れています。アカシックレコードにアクセスした者であればそれを認識できるのですよ。そこからエネルギーを取り出し……」


 俺の葛藤をよそに、心底楽しそうに会話しているのには腹が立ちそうになる。コイツらには人の心というものが抜け落ちているに違いない。だがとりあえず、その暗黒魔素についてはしっかりと役立たせてもらうことにしよう。


「まあ、準備は30分が限度じゃな。30分経ったら問答無用で来てもらう。戦う場はお膳立てしてやるからの。まずは隊員たち、その後に父親じゃな」


「ああ、わかった……」


「それと、戦う時はこれを身につけていけ。魔素揺らぎを消せる上に、マジックキャンセラーも使える優れものじゃ。ま、痛いほど知っておるとは思うがな」


 ツクヨミから黒いローブと仮面が手渡された。仮面は初めて見るデザインだ。全体的に真っ黒で目の周りは赤い透明なガラスのようなもので覆われている。そして、口元のあたりには三方向に分かれて筒がついており、呼吸用の穴とフィルターのようなものが見受けられた。

 

「それはガスマスクというやつでな。これから活動していく上ではそいつをつけるんじゃ。あと名乗る時にはシヴァと名乗れ。それが涅槃での名じゃ。俗世での名は捨てろ」


「ああ、わかった。とにかく時間をもらうぞ」


 俺はそれらを受け取ってそそくさと歩き出す。30分しかない。選択しなくてはならない。これからどうやって生きていくのか。アイツらや親父を殺すのか、ルナンを見捨てるのか。俺はどうすればいい。俺は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る