第18話 ブラッドダイヤモンド

それから数日間、同じ作戦を俺たちは実行した。全員で姿を晒した手前、もはや尾行はできないとも思ったのだが、遭遇したことをただの偶然だったと伝えたると、なんの疑問も持たず納得したようだ。ここまで来ると一種の才能である。お陰様で当初の予定通り作戦を実行することはできた。


 しかし、この数日間は正直に言ってかなりの苦行であり、その割になんの成果も得られずじまいだった。嵐山は何かと1人で突っ走り、任務の規定を守らずに敵と交戦することもしばしば。先日の猫を発見したときのように突飛な行動もよく見受けられたので、こちらとしてはいい加減にフラストレーションが溜まってきていた。特にカルラと霜月に関しては鬱憤が募りに募って限界が何度も訪れ、任務後に本人に対して当たり散らしている。本人は全くのどこ吹く風でケロッとしていたが。


 そんな形で全員が半ばこの追跡任務に嫌気がさしていた頃、突如として奴は現れた。それは任務の規定時間ギリギリで、陽が傾きかけた夕暮れ時。嵐山は廃墟の建物、元々は何かの工場だったらしい場所で索敵とは名ばかりのサボタージュ行為をしていた。そんな中で驚きを含む彼女の声が反響する。


「あ!この前の変なやつ!」


「どうもどうも!デートの件は考えていただけました?」


 黒いローブにニヤニヤと笑みを浮かべた道化師の仮面。白い手袋をはめた手でパントマイムのような動きをしつつ、歩き方はまさに道化といった軽い身のこなしで、いかにも演者といった仕草が鼻につく。やつは俺の目には闇の中からぬるりと急に現れたように見えた。尾行していた全員が息を呑み、魔素が揺れたが、それを必死に抑えるよう指示を出す。しばらくやり取りを見守りながら、可能な限り物陰に隠れながら近づいていく。


「デート!?」


「そうですそうです。お茶といえばデートのこと。これは常識です。ピエロが常識を語るというのはなんとも皮肉が効いていますけどねぇ……フフフ」


「ええ!?それは……タイプじゃないからごめんなさい!」


 この得体も知れぬ相手に対してドストレートに断るのは流石の胆力という他ない。素直というかなんというか……。その返答にピエロはあからさまにショックを受けたようなリアクションをする。見ていて少し鬱陶しい。


「ああ……そう……そうですか……残念ですねぇ。それなら貴方には魔晶石になってもらうしかなさそうです。誠に誠に残念ではございますが……」


 バカな。本当にそんな技術があるというのか。俺は驚きつつも冷静に状況を把握する。奴はわざとらしいため息を漏らした後、手品師のようにすっとナイフをどこからか取り出した。それにすぐさま反応した嵐山は臨戦体制に入り、両手に風をまとった鉤爪を装着する。奴の攻撃する瞬間、そこで合図を出そうと思ったのだが……。


「クソピエロ!てめえはオレの獲物だ!」


 合図を出す前にカルラがいきなり敵前へと飛び出した。メラメラと燃える大剣を相手に突きつけている。干渉された魔素はパチパチと爆ぜ、殺気を剥き出しにした目で睨みつけていた。


「ほうほう!これは面白い!フィアンセーの登場というわけですか!実に実に楽しい舞台ですねぇ」


「えええ?カルラっち!?ていうか恋人とかじゃないしっ!!」


 ここで俺たちも出るべきかと少し考えるが、もう少し様子を見ることにした。武闘派の2人が連中に対してどれほど通用するか見定めておく必要がある。また、相手の油断した隙に奇襲をかける方が効果的だと考えた結果だ。しばらく待機するように霜月と北条には合図を出し、戦況を見守る。


「炎神による破壊プロメテウスブラスト!」


 周囲の温度があからさまに高くなり、近くにあった鉄のパイプなども溶け出している。カルラは問答無用とばかりに、左手から禍々しいともいえる炎の球(小さなサイズの太陽といえばイメージしやすいかもしれない)を放ちつつ、道化師に向かって前進する。


「ちょ、カルラっち、最初からとばしすぎ!?」


「油断すんな!援護しろ」


 凄まじい爆風と熱気の中から、何事もなかったようにピエロの仮面が不気味に浮かび上がる。やはり何か、魔法自体を受け付けない特殊な技術を使っているとしか思えない。あの爆発を喰らえば一個中隊レベルなら殲滅できるほどの火力だ。


 「いやあ、はやはや!素晴らしい!素晴らしいですよ!貴方もぜひぜひ魔晶石になってもらいましょう!これは予期せぬ大収穫ですねぇ!」


「余裕ぶっこいてんじゃねえぞ!」


 すでに接近していたカルラが大剣を振り下ろす。凄まじい剣速の一閃だ。だが道化師は白刃取りで難なく大剣を両手で掴み、ふっふっふと笑いをこぼしている。いや、触れるギリギリのところで、まさにパントマイムのように大剣が止まっているのか?どちらにせよ、あの一撃を簡単に止めてしまうなど、とにかく規格外だ。


 だが、それだけで終わるカルラではない。掴まれた武器を引っ込めるとそのままの流れで回し蹴りを繰り出す。炎を纏った蹴りがニヤつくピエロの横顔に命中した、かに見えた。しかし、足が顔に届く直前でカルラの動きが不自然に固まっている。まるで一人だけ時間が止まったかのように。


「な、なにしやがった……!」


 道化師の仮面がニヤリと笑みを増したように見えた。そして固まったままのカルラを指でツンツンと突ついて完全に弄んでいる。


「教えて差し上げますよ。トクトクベツベツです。操り人形の舞踏マリオネットダンスと言いましてですねぇ。ワタシにしか使えない魔法です。なんと言ってもワタシたちはこの世の理から外れておりますので。悪しからず悪しからず!」


「こんのぉ!アタシのことも忘れないでよね!!」


 そこに一足遅れで飛び込んできた嵐山が鉤爪で道化師に切り掛かる。するとそれに反応してカルラが大剣を取り出して応戦し始めた。爪の連撃を止められた嵐山は、ふぇ!?と素っ頓狂な声をあげた後、一度退く。だがそこにカルラが追撃を加え始めた。緑と赤の魔素が激しくぶつかり合い、まるで花火のようだ。嵐山は攻撃を爪で華麗に受け止めつつも、動揺を隠しきれておらず押されている。


「ちょ!カルラっち??なにしてんのさ!!」


「ち、ちげえ。体が勝手に……クソ!」


 どうやら文字通り、操り人形として操作されているらしい。ぎこちなさを感じはするものの、その連撃は凄まじく、本気で戦っているのと大差のない動きだ。嵐山でなければ対応できなかっただろう。とはいえ力ではカルラが優っているため長くは保たないかもしれない。


「サイサイコウコウですねぇ!!フィアンセー同士が殺し合う。なんたる悲劇!ああ惨劇!うつくしい!!」


 仮面の男は身振り手振りを交えて大袈裟に語っている。演劇を見るようにうっとりとしている様子は明らかに隙だらけだ。それにこれ以上、部下を好きにさせるわけにはいかない。俺は待機していた2人に合図を送り、奇襲作戦を実行する。2人は一気に魔力干渉の範囲を解き放ち、一斉に魔法を展開する。俺自身は敵の背後を取る形で反転重力を使い素早く移動した。


「這い寄る氷河クロウルグレイシア


「泥の格子ダートグリッド


 魔素の揺らぎに気づいたらしい仮面の男は、一瞬動きを止めた後に周りを見渡すがもう遅い。氷が蛇のように地面を伝って足を固定し、土の檻がその体を封じ込めることに成功した。さすがの奴でも油断し切っているところへの複数による奇襲には対応できなかったらしい。


「おっとおっと?新しいご出演者の方ですねぇ?」


 わざとらしく尋ねる奴の口ぶりには余裕がありそうだった。それを2人はキツく睨みつけている。


「なんとなんと!これはこれは麗しいアクトレスたち!お2人とも今度お茶でもいかがです?」


「戯言はそこまでにしてください。あなたには洗いざらい話していただきます」


「……死んで」


 ピエロはやれやれとばかりに大仰に頭を振ると応える。


「なんともなんとも、辛辣な方々ですねぇ。ワタシがなにをしたと言うのですか?」


「お前たち涅槃は我々の国家を攻撃し、そのときに私の家族も殺した。なにが目的であんなことをしたのか、どこの国家に属するのか、あなたは誰なのか、さっさと答えなさい。それと弥生上等兵にかけた魔法も解きなさい」


「なるほどなるほど!ワタシ達の正体を名前だけでもご存知だとは!なかなかどうして素晴らしい!」


 そう言っておちゃらけている男の足を、氷が徐々に登っていく。


「ふざけないでと何回言ったら理解するのかしら?さっさとしなさい」


「うーむうーむ。美人にこうやって言葉責めされるのも悪くはないのですが、致し方ありませんねぇ」


 男は渋々と言った様子で魔法を解除した。カルラは魔力を無理やりに消耗させられたらしくゼェゼェと息を切らして膝に手をついている。嵐山もかなり体力を削られたようで、仰向けになって天井を見上げていた。


「こほん。では改めまして皆様。ワタシの名前はジョリージョーカー!ぜひジョジョと呼んでくださいませ」


 ピエロは恭しく一礼した後に反応を期待している様子で周りを見渡すが、無論、誰も反応など返さず無言で睨みつけている。それを見ると奴はがっくりと項垂れるように肩を落として泣き真似をした。動作がいちいち芝居がかっていてわざとらしい。その後ベラベラと語り始めた。悦に浸って、まるで悪行を自慢する子供のように。

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