第17話 セーブザキャット
「おはよー!今日も一日~、レッツラほい!」
嵐山の謎の掛け声はもはや慣れっこになってしまったので誰も返事はしない。8時の集合時間ギリギリに起きてくるくせに、それを全く感じさせないハイテンションなやつだ。本当に御し難い。
「今日もツーマンセルで情報収集にあたれ。12時には再度この場に集合し、経過の報告を行うこと。緊急時は空に炎魔法を放って知らせろ。接敵した場合も同じだ。だが基本的に戦闘は避けること。わかったな」
「はあ。隊長はおんなじ内容なのにいっつも律儀ですね〜さっさと行きましょうカルラっち!」
「うるせえ。クソみどり女!どうせ一人で突っ走んだろうが!」
やれやれと頭を抱えつつ、残りの2人に目配せした。嵐山には単独行動させつつ、俺も含め全員で尾行する。道化師に遭遇した場合、全員で奇襲をかけて叩く。その際の連携についても話し合い済みだ。まあ不安要素は多いが、この隊は戦闘能力だけは優れているので、あえて計画し過ぎずに大まかな流れだけを決め、柔軟に対応するのが最適だろう。ずっとそうやって生き残ってきたのだ。
「では、作戦行動を開始する。ここはあくまで戦場だ。気を抜くなよ」
「ほい!!」
案の定、嵐山は一人で駆け出した。それをカルラが追いかける。あまりにも速いので俺たちも急がなくてはならない。にしても、あんな無警戒にも関わらず、よくもここまで生き残ってきたものだ。呆れたらいいのか、賞賛すべきなのか。野生の本能ともいうべき勘の良さと天性の戦闘センスによるものだろう。他には色々と失っているが……。とにかく俺たちもカルラの後を追って走る。急がなくては見失ってしまう。
「急ぐぞ、霜月、北条」
「はい」
霜月ははっきりと返事をし、北条はコクリと小さく頷いた。
――
全員が肩で息をしているが、なんとか嵐山の背後につくことができた。流石に警戒が必要な場所はわきまえているようで、走ったのはわずか10分ほど。だが、気付かれないように警戒しつつ、周囲のことも気にかけつつで、俺たちにとっては非常に骨の折れる時間だった。
現在、嵐山は廃墟となった団地の屋上から索敵を行なっている。暫くの間は特に何も起こらない時間が流れていった。俺たちは近くにある別の建物からその様子を見ている。数分はそこでじっとしていた彼女だったが、ふと一点を見つめて大きく目を見開いた後、魔素が大きく揺れた。そして、迷うことなく一直線でそこへ向かっていった。風魔法を使った跳躍を組み合わせ、機敏な動きで建物の屋根を走っていく。
「追うぞ。何か見つけたらしい」
「緊急時には合図を送るようにあれほど念押ししたというのに……呆れた人ですね」
「クソッタレ。見失うぞ!オリボー使うぜ?」
確かにあの風魔法を利用したスピードに追いつくのは俺たちの足では無理だった。
「やむを得ない。気付かれないよう気を配りつつ、オーリーボードで追うぞ」
そう言い終える前にカルラは飛び出していた。遅れて俺を先頭に霜月、北条が続く。ここ5年でオーリーボードの性能は向上して、携行しやすく折りたためるようになったの加え、多少の静音性も獲得し、魔力効率も改善された。ただ、魔素の揺らぎを残してしまう上に音も無音ではないのでスニーキングには向かない。しかし、背に腹は変えられなかった。嵐山にバレてしまう可能性や敵に視認されるリスクはあるが、見失って大きな魚を取り逃がすよりはいいだろう。軍上層部に漏れれば叱責は確実だがこの際それはどうでもいい。
いくら健康優良スポーツ少女といえども、オーリーボードよりも速く走ることは流石に不可能だったようだ。また、魔法が使われたことを示す魔素の揺らぎも残っており、あっさりと追いつくことができた。それにしても、単独行動でかつ痕跡も残しながら目立つ移動をしていたことは反省させる必要がある。これを矯正するのはかなり骨が折れそうだ、と内心毒づきつつ、俺たちは魔素揺らぎを抑えて近づいていく。どうやら目的の場所に着いたようで、彼女も路地を歩いていった。そこに大きな声が響く。
「うわあああああ!」
嵐山の声だ。俺たち4人は顔を見合わせたあと、俺を先頭にして武器を構えながらその路地へ走り寄る。
「おい!大丈夫か」
「嵐山隊員、無事ですか?」
「クソピエロ野郎はどこだ!?」
「…………死んだ?」
4人ともが思わず声をかけた。すると彼女はうずくまって何かをしている所だったが驚いて振り返る。
「あれあれ!?どうしてみなさんお揃いなんですか!?」
俺たちは咄嗟に周りを見回すが特段変わったところは見受けられない。嵐山自身も無傷で普段と変わらなかった。そこへ1つの影がスッと嵐山のいる所から現れる。
「……猫……か?」
「そうそう!このニャンコロを追ってここまできたんです!可愛いでしょう〜?あ〜君は戦場における唯一の癒しですよ〜ナデナデ!」
全員がガックリと項垂れる。一体どれだけ神経をすり減らしたと思っているのか。当人はそんなことを知る由もないだろうが、各々が苛立ちや呆れなどを顔に浮かべている。俺は落ち着けと自分に言い聞かせながら問い詰める。
「先ほどの悲鳴は?」
「ひめい……?ああ!この子すっごく人懐こいから思わず感動しちゃって。こんなに撫でさせてくれるニャンコロに会ったの初めてですよ!タイチョーも1なでどうですか?あぁ〜可愛いですねぇ〜!喰らえ!ナデナデラッシュ!
ナーデナデナデナデナデ……!」
本当に人騒がせなやつだ。それにしても猫のためにここまで敵地に踏み込んでいる。どうにかしてこの奇行をやめさせなければならないが、そんなことは可能なのだろうか。
「そうか……まあ無事で何よりだ……」
「もしや心配かけちゃってた系ですか?安心してください!私は元気ぱやぱやです!!」
猫を撫でまくりながら発したこの一言が全員の臨界点を突破させたようで、カルラは怒鳴り散らかし、霜月は延々と説教をし、北条はぶつぶつと恨みつらみのようなことを小声で呟いている。そして、それら全てを悪びれもせずに嵐山は笑顔で受け流していた。そんな隊員たちの様子を俺は呆れながら眺めている。とにかくだ。ここまできてしまった以上、敵の動きを警戒しつつ、何かしらの情報を得て帰還するしかない。
「全員聞け。一度この近くで索敵を行い、その上で本部へ帰還する。分かったな?」
その直後、猫が路地の奥へ向けてシャーっと威嚇するような声をあげ、全員の視線がそこに吸い込まれた。シナンの軍人たちが銃を構えており、何やら命令と返事めいたものが聞こえる。それほど数は多くない。おそらくは俺たちと同じように斥候的な立ち位置の分隊だろう。あれだけ大声で悲鳴やら怒声やらを轟かせていたのだから、気付かれても無理はない。
発せられた銃声と共にすぐさま5人がそれぞれ戦闘体制に入る。カルラは大剣を生み出して真正面から銃弾を弾きつつの突進。嵐山は風魔法で飛び上がり、上空から一気に敵に向かって飛びあがる。両手には風を纏った鋭い鉤爪を携え、まるで野生の獣だ。霜月は水魔法の高等技術である氷魔法で生み出した氷柱を、仲間を器用に避けつつ敵へと向けて放つ。そして北条は土魔法で壁を作り相手の帰路を閉ざした。俺自身は臨機応変に対応できるよう、光魔法で盾と剣を生み出してカルラの後を追う。
ここまでわずか時間にして3秒に満たない。流石に戦闘に関してはエリートなだけあり、それぞれが得意を活かしながら他を邪魔しない形でうまく立ち回っている。敵も銃での攻撃は諦めたようで、それぞれが魔法武器で氷柱を弾きながら迎え撃つ体制に入った。そのうち一人が空に向けて魔法を発射しようとしたため、俺は魔力干渉の範囲を広げて闇魔法を放つ。
「黒の帷ブラックルーム」
路地を覆う闇が出現し、その発射した魔法を飲み込む。遠距離魔法の出入りを封じる影のようなものだ。大した魔法ではないが、案外戦場では使い勝手が良かったりする。何より闇魔法自体が珍しく、相手に警戒感や恐怖感を与えるブラフの役割もあるのだ。
カルラと嵐山が敵を接近戦で薙ぎ払い、それを援助する形で氷が相手の動きを止め、壁からは土の棘が飛び出して体を貫く。そうして接敵からわずか2分ほどで危なげなく殲滅することに成功した。やはり頼りになる隊員たちだ。戦闘に関してだけだが。
「よくやった。ここは敵地だ。一度帰還する」
全員がオーリーボードに飛び乗ってすぐに離脱する。嵐山は猫を少し探していたが、どこかへ行ってしまったらしい。
「さっさと行くぞ」
「うー……ニャンコロ〜」
悲しげな声を出されるが無視だ。無理やりに嵐山を抱えて連れ帰る。戻ったら色々と説教する必要があるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます