第57話 クラウドアトラス

「草彅乃炎刀:焔火。九つ尾の妖狐たまものまえ


 向かってくる槍を刀で受け止めつつ、背中から9つの炎を纏う触手をつくり攻撃を加える。


終末の神狼フェンリル!」


 娘はわしの魔法に合わせて随分と派手やかな狼が現れ、その炎を受け止めてきた。しかし、こちらの方が手数も実力も上。防ぎきれずに身を焼きながらも何も気にせずに同じような攻撃を繰り返してくる。なんとも稚拙な攻撃じゃ。こちらとて致命傷を与えきれてはいないが、不格好で酷く荒い戦い方にはあきれざるを得ない。しかし、こうした戦い方を見ても魔力無限だというのはハッタリでなさそうに思える。


「イタい……容赦ないね、お母さん。でも無駄だよ。こんなことだってできるんだ。おいで!終末の神狼フェンリルたち!」


 わしは黙って攻撃をし続けるが、突如としてフェンリルとかいう狼が増えて3匹になった。あの質の魔法をあの数操るのは確かにわしにもまねはできない。純粋な魔力コントロールも頭抜けている。


鳳凰翼フェニックス


 背に現れた2匹が後ろから噛みつこうとするのと同時に、五色の炎がグラデーションになった羽で、一気に空へと飛び上がる。そして刀と炎尾を一度引っ込め、即座に魔法を放った。


龍星軍リュウセイグン


 降り注ぐのは信じられないほど無数の火の龍たち。それらは一直線に降り注ぐわけではなく、流動的にあらゆる角度から迫る高速の連続攻撃。防御魔法も間に合わないじゃろう。初見では防ぎきるのはほぼ不可能なうえ、一気に手数と量で圧倒する必殺の技。普通なら跡形も残らずに消える。さて、どうか。


 吹きすさぶ熱風と巻き上がる黒煙。カラフルな魔素も宙を漂っている。おそらくは粉みじんになっておるはずじゃ。これで死なないなどということがありうるのか、いくら魔力が無限になったとて死ぬのではないか。そう思いつつわしは鳳凰の翼で旋風を起こし、煙を吹き飛ばす。


「すご……いね。ぜんぶこわれちゃった。やっぱりお母さんはすごいや」


「本当に、死ねないようじゃな」


 娘は服も身体もボロボロに欠損しているが、徐々に形を取り戻しているらしい。まったく我が娘ながら理解できぬ存在のようじゃ。わしが長く培ってきた戦略も戦術も技もすべて無意味にさせるような存在。久方ぶりに感じる理不尽さへの怒りが珍しい。わしは少しだけそこに体を明け渡した。なんども魔法を撃ち込んだ。しかし、それもすべて無駄。わしは息切れをしていた。これはスサノオのやつと喧嘩したとき以来じゃ。懐かしさすら感じる。


「酷いよ。お母さん、やりすぎだって。痛いんだからね?格好だって恥ずかしいし」


 そんなことを知ってか知らずかあまりにも的外れな声が聞こえてくる。どうにも、殺すという勝ち筋はもはや無いようじゃな。わしは地面に降り立ち翼をしまう。


「致し方あるまい。殺すがよい。わしの負けじゃ。じゃが、その前に親子水入らず、すこし話でもしようかの」


「話すことなんて、ないよ。親子なんて虚構なんだから。ただのごっこ遊びみたいなものだっ。わかるでしょ?


「ふっ。まあそうじゃな。生物が生き残るために合理的な親子の愛情のような感情などなかったも等しいじゃろうからの。お互いに。じゃが、そんなことを言えばすべてが無意味で虚構じゃ。このリインバース自体もそう呼べるじゃろう?故にお主の苦しみだって、単なる虚構とも言える」


「違う。私の感じているこれだけは事実だよ。他がすべて虚構だったとしても、これだけは変わらない。私の中で観測され刻まれ続けるこの傷は一生消えたりしないの」


「本当にそうかの?もしお主の孤独が癒されたなら?」


「私の孤独が癒されることなんてありえない。それに、私に刻まれたコードからは逃れられない。バグがある限り、私に平穏は訪れないの。そして、バグは生まれ続ける。だから一生……」


「ほう?そのコードとやらがすべての元凶じゃと言うんじゃな?そしてそれを変えるすべはないと」


「そう。私にできることはすべてしてきた。私はお母さんよりも生きているんだからね?こうやって話しているのも、この世界の設定になるべく従ってロールプレイしているだけ。まあ、面倒だしね。本当の私なんてものもないし、自我なんて今ある肉体に影響されて生み出されるものだもん」


「まあつまるところ、そのコードとやらを刻みつけた神々のせいでお主はとこしえにこのリインバースを輪廻することになった。そして、もう二度と生まれ変わらない解脱を求めておる。なんとも皮肉な存在じゃな。永遠に世界の不和を減らすために生き続ける存在とは……」


「同情されたくなんてない。何にもならないから。すべて虚しいし苦しいだけ。もういいよ……やめよう。さようなら」


 魔力も戻り、姿かたちも綺麗になった娘の手には槍が握られている。そして、わしの顔面にそれが突き出された。


「どうした?殺さんのか?」


 しかしその手はわしの仮面を破壊しただけで止まった。


「顔をさ、見たかっただけ。じゃあ、バイバイ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る