第42話 ハーモニー
白と
「
現在の俺の中では最高の攻撃と防御を誇る近接魔法だ。黒く揺らぐ三叉の槍と虚無を纏う盾。何度か攻撃をかわす中で感じたことだが、敵の動きは案外単調で読みやすい(魔法を使用している本人が交戦中なのだから当然だが)。攻撃手段はそう多くないし、予備動作も人間よりはわかりやすいため、慣れてしまえば対応自体は可能だ。一度反撃に転じようと距離を詰めて攻撃を盾で受け止める。虚無を冠するこの盾は触れた狼の右前足の魔素を奪い取った。そしてすかさずバランスを崩したその顔へとめがけて槍を突き刺す。しかし、触れた魔素同士で大きな反発が起こり、弾かれてしまうだけだった。その間にも右足は再生し、また攻撃が始まる。魔力量が足りていないのか、俺が扱う魔法では致命傷にはならないらしい。どうするか。
だが一方で、実際のところそれで十分なのかもしれないとも考える。俺のここでの最善手はこいつ相手に時間を稼ぐことだ。流石のカンナとはいえ、この魔法を維持するには相応の意識容量を使うだろう。正直に言って直接カンナと殺し合うなんてのも気が進まない上、仮にそんな心持の俺が参戦したとして足手まといになるだけだ。だから、完全にフェンリルを消し去るよりはしっかりと安全に対応しつつ、隙を見て死神へ何かしらのサポートを行う方が賢明だろう。そんな、弱い自分を正当化する理由を懸命に頭でこしらえながら、死神たちの戦いへと軽く意識を移す。
どちらの動きもあまりに流麗だった。両方と以前に戦ったことがあるが、どれだけ手加減をされていたのか今になって理解する。2人とも俺を殺さないようにしてくれていただけなのだ。かなり拮抗しているように見えるその戦いだが、魔力量に比例する魔法の威力では明らかにカンナが勝っている。しかし、死神の技量がそれをカバーして有り余るようだ。リーチが長く扱いにくいであろう鎌をまるで自分の身体の拡張のように使いこなし、的確に攻撃を受け流している。
「癖が抜けていない」
死神が何かつぶやくと同時、カンナの重心が前にずれて一瞬の隙が生じた。その瞬間、甲冑の一部が裂け、小さな呻きとともに魔力が噴き出す。見ると、死神の手にはいつの間にやらナイフが握られており、それで切りつけたらしい。完全にカンナの動きを先読みしたうえで、攻撃を受け止めると見せかけて躱すことによりバランスを崩し、それに乗じて隠し持っていた近接武器によって攻撃したということのようだ。鎌は近接では扱いにくいという欠点を逆に利用した戦法ということだろう。前にやられていたら完全に俺は死んでいたな。
それを見ていた大統領は大げさなジェスチャーで驚いている。目の端でそれがわかるくらいには大げさだ。かくいう俺はフェンリル相手になんというか、戯れている。もちろん油断すれば死ぬのだが、カンナの心の乱れのようなものが伝わっているのか、先ほどより鋭い攻撃はない。
「流石……だね。じゃあ、これはどうかな?」
フェンリルが立ち消えて魔力が再びカンナに集まり、魔素の揺らぎがその大きさを増す。俺は魔法を解除せずそちらに体を向けて身構えた。死神は距離を空け出方を伺っている。大統領は部下に退避を命じて自身も防御魔法を使った。何が起こる?
「
一瞬、何が起こったのかわからない。だが、吹き荒れる風とともに空気が歪み、細かな烈風がすべてを切りつけている。そして、カンナの姿が消えた。おそらくは透明化。それは高度な光魔法の応用だ。視覚は光を通して物を見る行為。つまり、光がものに届かなければそれを認識することはできない。だが、姿を隠せたとしても魔素の揺らぎや、生じる音など、様々な要因で気配まで完全に消すことは不可能であり、実力者同士の戦いではほとんど用いられない。しかし、この魔法は違う。同時に放っている高度な風魔法との合わせ技によって、情報をさらにかく乱することでほぼ完全に気配を消している。まさに神出鬼没であり、認識不可能の攻撃が繰り出されるというわけだろう。巨大な魔力、干渉範囲に加え、光、風の高度なコントロールが可能にする力技だ。あんなもの誰にもまねなどできない。
「サリエルさんの次はトバリ君だね」
それはハッキリと耳に響いた。耳元でささやかれた言葉。それは死神よりも死神らしく、俺に死を告げるものだった。なんで、俺たちは戦っているのか。どうしようもないのか。あきらめに似た悲しみが、淀んだ感情の底をゆっくりとかき混ぜる。
「らしくもない」
死神は淡々とした様子で真正面に鎌を振り下ろした。それは起こるはずのない現象だった。死神の真正面にはロンギヌスでその鎌を受け止めるカンナの姿があったのだ。なぜ、場所が分かった?それにピンポイントで攻撃まで。ありえるのか?
「な、なんで?」
その疑問はカンナも同様に感じていたらしく、明らかに動揺を隠せていない。
「お前はいつも真正面からくる」
言葉から察するに彼らは何度となく矛を交わしたことがあるのかもしれない。だが、それだけではあのタイミングでの攻撃は不可能だろう。カラクリがわからない。
「ありえないよ。いくらサリエルさんでも、いつ私が正面に来たのかなんてわからないはず……」
再び近接戦闘が行われたのち、カンナはまた姿を消した。先ほどの攻撃がハッタリか確かめるつもりらしい。それに、あんなことを言われたのならもはや正面からの攻撃は望めない。どうやって認識外の攻撃を防ぐ?
「無駄だ」
死神の右斜め後方に鎌が薙ぎ払われると、またもカンナがそれを受け止めていた。どうなっている?なぜ奴には見えているのか、理解が追い付かない。
「それがサリエルさんの固有魔法ってことかな。さっきから感じてた違和感の正体は、ちょっと未来が視れるとか?」
「3秒。それ以上は世界の揺らぎが大きすぎる」
「すごい。この世界ではそんなこともできるんだ。じゃあ見えても見えなくても関係ない魔法でいかなくっちゃね」
カンナはハーモニーを解除し、新たな魔法を唱えた。
「
死神の周囲を覆いつくす無数に生じた光の剣。それらが串刺しにしようと襲い掛かった。未来視を奴が使えるとしても、これを防ぎきるのは相当に難しいはずだ。俺ならまず無理だ。周りを防御魔法で完全に遮断する以外には。逆に言えばそれが狙いだろう。なぜなら彼女にはそれを貫通する
「
死神サリエルが放った魔法。それはまた想像を超えていた。浮かんでいた光の剣たちは、まるで冬に枝が枯れるように、みるみるその輝きを失って朽ちていった。そしてそれは闇の剣となり、カンナに向かって降り注いだ。
反応しきれなかったカンナは無数の剣に貫かれて、その膨大な魔力が体から流出した。そう。彼女は死んだ。俺の目の前で。あっけなく。
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