第43話 混沌

「シヴァ退くぞ。次元門ゲート


「そんな……聖女様!ありえないノーウェイ撃てファイヤ!撃ち殺せキルゼム!」


 俺は状況を飲み込めないまま立ち尽くしていたが、その声でハッとする。もはやカンナは死に、転移魔法も使えるらしい。俺はゲートに向かって走った。今は考えるより動かなくてはいけない。そう本能的に悟っていた。そして俺たちがゲートに飛び込む直前。なぜかゲートは消えていた。その答えを悟ったのは横でドサと倒れる音だった。退避していた大統領の部隊はまだ銃声をとどろかせてはいない。なぜ。


「私、死なないんだ。ごめんね、サリエルさん」


 そこにはカンナがいた。俺の知る彼女。少し成長し、なおも美しい彼女。兜も外れ、甲冑もボロボロになっている。その手に握られた槍が死神の身体を貫いていた。その目に溜めているのは涙……なのか?


「ばか……な……」


「未来視の魔法は他の魔法と併用できない。もしくは、自身も動いていないときにしか発動しない。そんな感じじゃない?他の邪眼魔法とおんなじで。当たってる?サリエルさん」


「なぜ生きて……」


 死神サリエルの身体からは大量の魔力が流出し、体は黒い魔素となり、燃えた後の灰のようにさらさらと風に吹かれて消えていく。死はいつもあっけなく訪れる。そしてあまりにも状況は目まぐるしく変わる。思考が追い付かない。彼女は死なないのか?不死だとでも言うのだろうか。勝ち目がない。実力でも勝っていない俺にとっては杞憂であって、もともと絶望的。そもそも戦うつもりすらない。俺はただ彼女と話がしたかった。再会を喜んで、笑い合いたかっただけ。なぜこんなことになっているのか、理解できなかった。


「おお、神よ!奇跡だ!神の御業だ!」


 大統領は恍惚とした表情を浮かべ、周りを精鋭部隊が隊列を組んでいる。


「カンナ……なんで、なんで俺たちが殺し合わなくちゃいけないんだ!?どうして……」


「これは運命……ごめんね。私が君を巻き込んでしまった。だけど、どうしようもない……それが決まりなの」


「ちゃんと説明してくれよ!俺は君と殺し合いたくなんてない。傷ついた姿を見たくもない。そんな風に泣きながら……ずるいじゃないか」


「ごめんね」


 カンナは俺に向けてその槍を突き刺す。俺は咄嗟に防御魔法を張るが、それもすぐに崩壊して形を保てない。次の攻撃はなんとか避ける。やはりだめだ、どうあがいたって、殺される。ゲートもどうやらまた使えない。


「さようなら」


日蝕世界エクリプスワールド荒れ狂う武器群アームズランペイジ


 暗闇が周囲を包む。通常ならば光魔法も封じ込められるこの空間は、長くはもたないものの、カンナには有効なはずだ。常識が通用するなら……まあやはり、ロンギヌスは消えていない。こちらの位置を把握されることを防ぐため、大量の武器での攻撃も交えるが、有効打にはなっていないらしい。この間に何か策をかんがえなくてはならない。対話ではもうどうしようもないのだろうか。あまりにも理不尽だ。俺は移動しながら話し続ける。


「理由を教えてくれ!なぜなんだよ!運命なんて、そんなの間違ってる!」


「何も知らないくせに!私だって……好きでこんなことをしているわけじゃない!」


「だったらやめよう!こんなこと!運命なんて新しく作ればいい!俺は君の力になりたい。そうさ、俺は何も知らない。だから教えてくれ!俺は君の言葉があったから生きてきた。苦しくても生きろって言ってくれたじゃないか。なんで……」


「私は……」


 もう限界だった。日蝕は終わり、世界に光が戻る。そして、目の前には槍を突きつけたカンナがいた。


「みんなとは違うの。涅槃の誰とも。このリインバースの中でも独りぼっち」


「そうだよ。君は俺にとって特別で誰とも違う」


 俺は槍を無視して歩み寄る。


「やめて……来ないで!」


 その時だった。一発の銃声が響く。彼女は俺を突き飛ばし、弾丸が彼女の身体を貫いた。


「何をしている!誰が撃てと命じた?」


 耳鳴りが響く。めちゃくちゃだ。なにもかも、この世界は狂っている。


「私が殺すって、言ってるでしょ!」


 鋭い悲鳴が響くと同時、スナイパーは死んでいた。何をしたのか、俺は見てすらいなかった。そして、突如として声が響いた。


「どういう状況じゃ?これは……」


 上空から現れたのはツクヨミだった。極彩色の羽を背中ではためかせ、にらみを利かせている。つくづく、目が回るような日だ。


「おい、シヴァ。死神はどこじゃ。まったく、通信もゲートも使えんから来てみれば……」


「彼は死んだよ。私が殺した」


 ツクヨミは豪速で降り立つと、その魔力でバチバチと周囲が燃え始めている。ここまで感情的なものを滲ませている彼女を見るのは初めてだ。


「そうか、なら死んでもらうしかなさそうじゃの」


「お母さんが来ると話が変わってくるかな……退くよ」


「逃がすとでも?九つ尾の妖狐たまものまえ


 ツクヨミの後ろからゆらゆらと淡い炎の尾が9つ現れ、それらがカンナへ向けて波状攻撃を行う。叩きつけられるたびに巨大な火柱が上がるが、防いだ様子もない。


「私、死なないから。無駄だよ。次元門ゲート


「撤退だ!総員ゲートへ入れ!」


 現れた巨大なゲートに大統領に続いて次々となだれ込む。俺はもはや止める気もなかった。ただその行方を見守るくらいしかできなかった。


「雑魚はまあよい。だが、お前は逃がさん、カンナ」


「残念だけど、さようなら」


草彅乃炎刀くさなぎのえんとう焔火ほむらび


 ツクヨミの手に握られたのは煌々と赤く光を放つ刀だ。それはルナンの神器を模したものだろうか。揺らめく炎は太陽のコロナを思わせる。明らかに人知を超えた武器。アーティファクトと呼ばれるものだろう。ものすごい速さでカンナへと接近するが、それはロンギヌスによって防がれる。


「やっぱりお母さんも扱えるんだ。流石だね」


「ふん、上から目線も甚だしいな。この世界ではわしの方が年長じゃ」


 こう見ると明らかにツクヨミの方が上手だ。単純な実力では完全に押している。


「見れてよかったよ。次元門ゲート。バイバイ、2人とも」


 カンナは自身の背後に新たなゲートを出現させるとそのまま姿を消した。ツクヨミはやれやれと首を振り、刀を下ろす。それにしても、一方的に転移魔法を行使できる状況というのはずるい。それにゲートは行使した人物の許可なしには潜ることができない。


「ちっ、厄介な娘じゃな、本当に」


傾きかけた陽は、この白亜館天井に空いた大穴からわずかな緋色の光を差し向けていた。あまりにも長い一日だった。

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