第10話 ベイマックス
親父が戦場へ行った翌日、俺は学校へ来ていた。2人目の模擬戦相手との約束があったからである。俺がたどり着いた時には、フィールドにすでに人影があった。すこしぽっちゃりとした体躯の男子生徒だ。
「よろしくでござる」
茶髪を短めで切り揃えてあり、黒い眼鏡をかけた睦月コウタがそっけなく告げる……ござる?
「よろしく頼む」
「それがしも忙しい身の上ゆえ、早々に始めるでござるよ」
話したことはなかったのだが、こんな語り口のやつだったとは。それにしても、良くも模擬戦などをやる気になったものだ。そう言うタイプではないと思っていたのだが。俺は気になったので直接質問することにした。
「1つだけ質問していいか?」
「むむ?仕方あるまい。申してみなされ」
「どうしてそんなに忙しい中で、俺と模擬戦の時間を作ってくれたんだ?」
「ああ、その件でござるか……」
深い沈黙が気まずい。そこまで深刻に悩まなくともと口を挟みたくなるが、自分から尋ねておいてそれも失礼かと思いとどまる。コウタは顎に手を当てたり、メガネをくいと持ち上げたりしながらうーむと唸ったあとに一言発した。
「それは拙者に勝ったら、教えても良いでござる」
まあ、そこまで気になるわけではないのだが、一応考慮に入れておくとしよう。それと一人称がブレているのはわざとなのだろうか?それにしても古めかしいと言えばいいのか、変な話し方だ。
「わかった。お手柔らかに」
「うむ。始めるとしようぞ!」
監視役の先生の合図とともに試合が始まった。覚えでは、コウタは接近戦が苦手なはずだ。近づくのが最も勝率が高いだろう。だが、そう簡単にはいかないようだ。
「土の
開始直後、斧を生み出して走りながら詰め寄ったが、お互いの距離が4メートルほどになったところで魔法が放たれた。相変わらず広い魔力干渉の範囲だ。俺が解放した時には及ばないものの、しっかりとコントロールして何本もの土の槍を放つことができるのは、優れた想像力の証だ。俺はせいぜい1つのものを形作るのがやっとだからな。
地面から飛び出す無数の槍に行く手を阻まれて、俺は一度距離を取り、干渉の範囲から逃れて機を狙う。遠距離魔法で攻撃することができれば良いのだが、俺では槍に壊されないような、威力のある遠距離魔法を放つことはできない。それもわかっているのだろう。槍の射程に入るまでは魔力を一切使ってこない。範囲外で立ち止まっている今の俺にすら遠距離魔法を使ってこないとは、なかなか合理的だな。
「攻撃しないのか?」
「挑発は効かぬで候」
話し方の割にというのは失礼かもしれないが強敵だ。もしかしたら、あの癖のある話し方にも合理性があるのかもしれない。ともかく、無駄のない戦略は嫌いじゃない。どうしたものか。しかしながら、立ち止まる俺に近づけば良い気がするのだが、それすらも億劫なのだろうか。体型で判断するのも失礼だが、体力にはそこまで自信がないのかもしれない。さて、どうしたものかと考えを巡らせていると、コウタが話しかけてきた。
「小生からも1つだけ質問を良いでござろうか?」
「構わない」
「長月氏はどの一人称が良いと思うでござる?」
初めてされる質問だ。人生で今後も聞かれることはないかもしれない。
「普通に僕とかじゃダメなのか?」
そう言うとコウタは大きなため息をついてやれやれとばかりに首を振った。少し腹が立つ。
「長月氏は危機感が足りぬ!」
突然の大声にやや驚いた。どう言うことだ?俺が返答する前にコウタは饒舌に語り始める。
「これからの社会では、キャラクターが命なのでござるよ!いいでござるか?それがしはこんな見た目ゆえ、主人公にはなれぬ。クラスの中心にもなれないでござろう。物語のモブキャラだとわかっている。己の領分は弁えている。それでも、いや、だからこそ、これからの時代は目立たなくてはいけないのでござるよ!未来ではコミュニティの範囲が広がり、関わる人数が今とは比較にならぬのは世の理!そして、この物語がメディアミックスされた時、人気投票で1票も入らぬようなキャラは絶対に嫌なのでござる!」
途中からさっぱり何を言っていたのかわからないが、そのあまりの熱弁っぷりに返す言葉が見当たらない。まだまだ話し足りないらしく、また大きく息を吸った。とりあえずこの隙に作戦を考えよう。
「数多の作品が世に出されていく中で、一人ひとりのキャラクターはどんどん覚えてもらえなくなるのでござる!少しでも印象に残らなくてはならぬ!たとえどんなに笑われようと、印象に残ればそれは勝ちなのでござるよ。長月氏にはその危機感が足りない!そのためであればワイはどんな役目でもやってやる!そう、この世界は陰と陽。物語に必要なのは、緊張と緩和。抑圧とカタルシス!拙者は道化でいい!次のシリアスな展開のための捨て駒でいいのでござる!印象に少しでも残ってさえいれば、ネット民の悪ふざけで人気投票1位になるのも不可能ではないのだから!」
もうだめだ。全くついていけない。だが何かとても深いことを言っている気がする。そんな凄みを感じる話ぶりだ。
「すまない。よくわからなかったが、とにかく俺は”拙者”が好みだ。”ワイ”はちょっとやめた方がいいと思う」
「ふう。拙者も少し熱く語り過ぎたでござるな。戦闘に舞い戻ろうぞ!」
監視役の先生は欠伸をして興味がなさそうにしている。こんなに長々と戦闘中に話しているのは前代未聞だろう。致し方ない。俺も集中力が途切れてしまったが戦闘へと意識を戻す。どうやってこの守りを突破するか。賭けに出よう。俺は魔力干渉の範囲を一気に広げ、コウタの目前まで射程内に捉える。
「目眩の
コウタの眼前に閃光が炸裂する。目さえ眩ませれば槍も放てない。狙い通りコウタはアタフタとお腹を揺らしている。この隙に一気に近づいて片をつけるのが最善だが、接近戦に持ち込めるだけでかなり優位に立てるはずだ。この目眩しもいわば一発限り。2度目は警戒されて通用しないだろう。俺は斧を手に全力でコウタめがけて走る。これを当てれば……。
「少しばかり驚いたでござるが、甘い!鉄巨人2.8
コウタの周りの土が本人を巻き込んで巨大な塊を作り、大きな人の形になった。体型は少しだけ本人に似ており、ずんぐりとした胴体にエウロパ風の甲冑のような頭が乗っている。体躯は2.8メートル近くあり、その巨大な手で俺を狙ってくる。こんな奥の手があったとは。しかし、動きはそこまで俊敏ではない。かわし刀で俺は斧を使い切りつけてみるが、全く効いていないようだ。防御力はかなりのものらしいな。
「ふっはっは!これが拙者の奥の手!接近戦が弱いと踏んでいたのでござろう?」
対策済みというわけか。やはりカンナの言う”四天王”の一員なだけはある。かなり手強い。正直に言えばあれを突破するのは、俺には不可能だ。だが、策ならある。
「ま、待つでござる!距離を空けるのは卑怯でござるよ!」
俺は巨人の手が届かない位置まで下がると光の弓でチクチクと攻撃し続ける。走り寄ってくるが、速度が遅いため対して脅威ではない。あの規模の魔法だ。確実に魔力を多量に消費するだろうし、同時に他の魔法をイメージすることも難しいだろう。見た目も変に凝ったデザインだし。ひたすら解除される隙を作らずに攻撃し続ければいい。我慢比べだ。
「ま、負けでござる!拙者の負け!」
しばらくそんな攻防を繰り広げた後、巨人から声が聞こえた。俺はコウタに勝利したらしい。あまり実感は湧かないが、勝利は勝利だ。ありがたく甘んじるとしよう。先生が試合終了を告げ、コウタは魔法を解除した。そしてはあはあと息を切らして膝に手をつきながらも、声を絞り出して話しかけてくる。
「それでその……戦った理由でござるが……」
そう言うと恥ずかしそうにクネクネと体を捻っている。正直に言おう。申し訳ないが気持ち悪い。それと、その理由のことはすっかり忘れていた。
「握手……してもらった代償で……ござる」
握手?明光とか?そんなことでどうして。
「では!さらば!」
コウタは聞く隙すら与えず、逃げるように帰っていった。
「一体……なんだったんだ」
俺は途方に暮れた。少し余力があるので魔力の修行でもして帰ろう。残りの相手はこうはいかないだろう。少しでも光魔法の精度を高めておくことに専念する。本当はカンナに教わりたいが、今は1人でやるしかない。日暮れまで瞑想による魔力コントロールの訓練や、簡単な光魔法の練習を繰り返す。他の奴との勝敗はどうでもいいのだが、アイツには絶対に勝ちたい。そう。アイツにだけは。
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