第37話 メッセージ

”私を許してくれるでしょうか。

もっと積極的に関わっていれば、もっと涅槃に残っていれば、貴方の胸に潜む苦しみを和らげることができたのかもしれない。それはとても傲慢な考えだと理解しています。なにより、再会してからの貴方を見て、そんな役割を私は長月君に託してしまったのですから。今となって思えば、これは私の心の弱さから来た、ある種の言い訳だったのかもしれません。


そしてあの日……アンダカが現れたあの日。すべてを伝える機会を失ってしまったかと思っていました。ですが、私は同時に違和感も覚えていました。ロンギヌスを使えるほどの使い手であれば、転移魔法のひとつくらいは可能であろうと。もちろん確証はありませんでした。純粋に別の世界へ転生するのに賭けた、文字通り命がけの行動であったとも、考えられなくはありません。しかし、一番の根拠は、これもまた直感という、あやふやでとても非科学的なものです。貴方は生きていて、きっとまた会える。その確信がなぜだか胸の奥に、ささやかな光とともに降ってきた。そんな感覚があったのです。


ですから、私はこの手紙をしたためました。どうか親として何もできなかった私を許してほしい。そして……どうか、幸せになってほしいと願っています。そのために、例え胸の内にどんな苦しみを抱えていたとしても、逃げないでください。逃げずに向き合ったなら、その苦しみの分だけ貴方……カンナは(最後はどうか名前で呼ぶことをお許しください)きっと喜びを感じることができます。その勇気と強さが(あの人の娘ですから)必ずあります。どんな自分の側面も愛してあげてください。なにより、私というほんのささやかな存在が貴方のどんな側面も愛していたという事実をどうか心の隅にでも留めておいてください。


敬具”


 読み終えたそれを手に、しばらく立ちすくんでいた。自分の感情がわからない。先生は俺にとって誰よりも尊敬できる大人だった。そして、もうこの世にはいない。カンナは本当に生きていて、この手紙を読んだのだろう。彼女はこの長い期間、何を考え、どう生きていたのだろう。そしてなぜ、ここに現れ、ログを残したのか。何もかもが中途半端に宙吊りになって浮かんでいるような心持ちだった。何気なくまた手紙に目を戻す。湿ったところから透けて後ろに何か書かれていることが分かった。俺は自然とその紙を裏返す。そこには文字が書かれていた。俺に向けて……だ。


”トバリ君、久しぶり。

この手紙、読んじゃったんでしょう?

女の子あての手紙を覗くなんて、相変わらずえっちだね。


トバリ君のことだから、きっといろいろ考えているんだと思う。

けど、いくら考えてもたどり着けない場所がこの世界にはあるんだよ。


私はそこにいる。

だから、私のことを追いかけたって無駄。

といっても、君はきっと来ようとするよね。

だからトクベツに教えてあげる。

ちゃんと諦めてもらえるように。


先生を殺したのは私。

そして、君を殺すのも私。

これは運命なの。

きっと、出会った時から決まっていたこと。

この物語が始まった時から。


これから、この世界を自然に戻す。

まずはリベリカあたりかな。

面白いものが見れると思うから、よかったら来てみてよ。

私はそこにはいないけれどね。

本当の私はこの世界のどこにもいないから。


じゃあ、近いうちに、また会おうね。

きっとその時は、トバリ君が死んじゃう時だけど。”


 俺にはよく理解できなかった。カンナと殺し合わなくちゃいけない理由なんて何もない。本当にカンナは先生を殺したのか。それだって嘘っぱちかもしれない。なにより、そんな運命なんて認められなかった。諦めてほしいなんて、嘘なのだから。それだったらこんなことをする必要なんてない。なにも書き残す必要も、ログを残す必要もなかったはずだ。俺をおびき出して殺すための罠とも考えられなくはない。でも、たとえ罠だとしても、彼女がいるなら俺はどんな場所へだって行ってみせる。リベリカ……すぐに向かおう。


 俺はその手紙を懐へとしまう。だが、まだ手紙は数枚残っていた。宛名はツクヨミ宛て。さすがに読むのは控え、それをアカシックレコードのチャット機能で報告する。


「持ってこい。すぐに燃やすと思うがの。念のためじゃ」


「それを渡したらリベリカへ向かいたい。戦争講和の件もあるのと、気になることがある」


「構わんが、おそらく死神辺りと一緒に行ってもらう。とにかく一度戻れ」


「承知した」


そんなやり取りを経て、俺は一度バベルと呼ばれる涅槃の塔へと帰還した。そして、リベリカへ向かった俺たちは、予想していない事態と遭遇することになる。それは再び始まる新しい戦いの始まりとも呼べるものだった。




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