第3話 あらしのよるに

「今日こそ君には膝を折ってもらうよ」


 明光の相手は如月レンだ。小綺麗に整ったブロンドの髪。長身で顔も良いためかなり目立つ。実家はかなりの資産家で育ちも良いらしい。醸し出す余裕と品位からはそれは確かに伝わってくる。常に余裕の笑みを湛え冷静だ。そんな彼が透き通る声を発すると周りの女子生徒からは歓声があがった。だが逆に周りの男子生徒たちは一様に冷えきった目線を浴びせている。無論、俺も例外ではない。正直に言えば好きになれないのだ。どこか胡散臭いと言うか……これは俺の嫉妬だろうか。


「楽しみにしてるね!」


 そんな相手の言動には気にも止めず軽くストレッチをしながら、相変わらずの陽気さで明光カンナは応える。逆に男子たちはここぞとばかりに歓声を上げた。いろんな思いがこもっている。この日最後の試合であること。そして、二人とも誰もが認める実力者であること。王者決定戦と言うに相応しく、両者ともこれまでの模擬戦の戦績は全勝。非常に興味深い戦いになりそうだ。


「はじめ!」


 教官の合図と共に二人は迅速に行動を開始する。如月は指先に膨大な魔力を集めながらくるくると回転させ、先手必勝とばかりにいきなり大規模な魔法を放つ。試合前から指先にかなりの魔力を集めていたようだ。魔法陣もなしに良くもまあ、あんな芸当ができるものだと素直に感心する。実力は本物だ。


風神の竜巻ウェンティツイスター!」


 フィールドを覆い尽くしそうなほど巨大な竜巻が文字通り空を裂き、轟音と共に天から現れる。模擬戦にしては明らかにやりすぎである。かなりの魔力を消費しているはずだが如月は余裕の表情を崩さない。確かに先手でこれを撃たれたら普通なら終わりだ。俺にはどうしようもできないだろう。だが明光なら……。


「私も!ウェンティツイスター!!」


 巨大な渦巻く風の向こうから声が聞こえたと同時に、如月が呼び出したのと同規模の竜巻が現れる。ぶつかり合ったそれら強大な2つは接触すると同時に消失した。なるほど、同規模の逆回転をぶつけたわけだ。それにしても対応が早すぎる。想定していたとしか思えない。


「まさかそこまでの事ができるとはね」


 流石の如月も少し焦った様子で次の魔法を準備し始めるが、魔素の揺らぎは隠しきれていない。その一手で詰ませるつもりで、全力の一発を放ったのだろうが、相手が悪すぎた。すでに後手に回ってしまっているのは明らかだ。消えた竜巻の起こした砂煙から光の矢が飛び出してくる。明光は既に走って距離を詰めていたのだ。指先から眩い光の矢が何本も放たれ、如月は弾道を予測したのか、それらをなんとか回避しつつ、次の魔法を放とうと構える。


切り裂く風ウィンドカッター……ぐふ」


 その刹那、如月は光球をまともに食らって倒れる。発せられた呻きと、驚きに目を見張る顔は普段の余裕な表情とのギャップがひどい。何が起こったのか。周りの目から見れば明らかだったが、本人には何が起きたのか全くわかっていないようだ。当然と言えば当然だろう。発射される弾道を予測させるために指先へと視線を誘導し、わざと光量を上げた眩い矢で目をくらましていたのだから気づくはずもない。


 明光は足先に集めた魔力から光球を作り出して、それを蹴って彼にぶつけたのだ。さっきの試合からインスピレーションを得たのであろうが、それをすぐに実戦で使いこなせてしまうのだから恐ろしい。圧倒的なセンスだ。


「名付けるならライトニングシュートって感じかな!初めてにしては上出来?」


 観客のほとんど全員がポカンとしているのとは対照的に、明光は新しい玩具を見つけた子供のようにはしゃいでいる。


「そこまで!」


 最注目の一戦はものの数十秒足らずで呆気ない幕引きとなった。強すぎるなやはり。


 これで憂鬱だった試験の1つは終わった。次の実技試験さえ終われば俺の優雅な夏休みが実質的に始まると言っても過言ではない。そうやる気を奮い立たせたいのだが、やはりとても面倒くさい。やれやれ。ボードレースなんて本当に憂鬱だ。

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