第40話 よだかの星

 大統領が放ったその魔法は煌々と光を湛えて空へと打ちあがった。白亜館の天井に大穴を穿ち、空高くで花火のように爆発したあと、驟雨のごとく細かな光線が降り注いだ。俺たちは魔法無効マジックキャンセラーを発動して光の雨をしのぎつつ、大統領の魔法剣技も無効化した。あまりにもド派手な魔法だ。何か意図がある可能性がある。俺たちに無効を使わせる狙いか?そうだとすると……まずい。


「死神!横へ飛べ!」


 俺は叫ぶと同時に自分自身も横へ緊急回避を行う。案の定、銃弾がすぐ横をかすめた。やはり、大統領はいつの間にか手にしていた拳銃を撃ち込んできた。光魔法の剣に隠して準備していたらしい。あの戦闘中にそこまでの仕込みを行っているとは、やはり侮れない。


「ワーオ!よく避けましたね。素晴らしいマグニフィセント!多くのミスリードを仕込んだんですが」


 光が降りやむと同時に無効を解除して俺は魔法を放つ。


暗黒物質の処女ダークマターメイデン


 かつてアンダカが使っていた魔法だ。当時の俺には全く扱えるレベルを超えていたが、今なら再現できる。鈍く光る黒い釘が大統領の周りを幾層にも取り囲み、それらが断続的に体を貫こうと突き刺さった、かに見えたが、やはりそう上手くいくわけもない。再び取り出した光の刃によってすべてが次々と叩き切られていく。全方位から攻撃しているにもかかわらず生み出しては切られる。あまりにも美しい、舞のような剣技だ……などと見惚れている場合ではない。何か手を考えなくては。


脅威なる亡霊ファントムメナス


 死神の影から瓜二つの死神が出現する。俺もいったん魔法を解除し、物理的に攻める方針に切り替える。先ほどは2人でぎりぎりであったが、相手も流石に3対1では分が悪いはずだ。卑怯とは言うまい。相手も最初は数的有利で脅してきていたのだから。


黒太刀くろたち紫雨むらさめ


 紫がかった闇をまとう刀。これは親父の刀を模して作った太刀だ。ここからは攻め手に回らせてもらう。トンファーは手数を多く捌く防御手段としては有用だが、実はこれが一番手になじむ。落ちこぼれではあったが幼少期から親父の太刀筋は何度も見てきた。そして、全くまねできなかった。今なら少しは近づける。俺の実力というよりも涅槃の装備頼みなのは情けない限りではあるが。


 3対1のこの状況でもひるまず大統領は魔法の刃は受け止めつつ、鎌には触れないよう立ち回っている。なんとも器用な男だ。さきほどの切り合いの中で気づいたのであろうが、死神の手に持つ大鎌は魔法無効を刃に纏わせている特別な武器だ。だが死神もかなりの手練れであり、魔法無効の本物の大鎌と魔法で複製された偽物を織り交ぜて攻撃している。にもかかわらず、致命傷を与えられない。


 俺は親父の型を思い出す。まずは袈裟懸け。それは容易に受け止められるが、即座に胴を払うように切りつける。おそらくルナンの剣技には慣れていないのだろう。少し反応に遅れがあった。だが、またも致命傷には至らない。驚異的な反射神経でよけられてしまう。しかし、そこに死神が分身とともに大鎌で薙ぎ払った。防ぐことはほぼ不可能。ようやく掴んだ一瞬の勝機だ。正直に言えば、このとき俺は勝ちを確信していた。


 しかし、突然その鎌は弾かれ、大統領に当たることはなかった。何が起こったのか、その瞬間は理解が追い付かない。しかし、次の瞬間にはその正体が明らかになった。狙撃。それは死神の亡霊を一瞬で葬った。白亜館のぽっかりと開いた天井から放たれた、狙撃手の銃弾によって。ここにきて新手。俺は舌打ちをこぼす。なんてタイミングだ。いや……むしろ……。


「やっときましたね。これで幕引きジ・エンドですよ。まったく合図を送ってから到着まで少々かかりましたね」


 合図……。そうか、あのド派手な魔法は、単に俺たちの注意を引き付けると同時に魔法無効を発動させるための罠というだけではない。緊急の救援要請としての信号の役割も兼ねていたのだ。自分の考えの浅はかさに嫌気がさす。とっさの判断が当たっていただけで少し安心し、ほかの可能性を考慮していなかった。クソ。まんまとやられたわけか。


「さて、もはやここはわが精鋭たちがとり囲んでいます。チェックメイト、ですかね」


 ふたたび数的有利をとられたらしい。どうしたらいい。考えろ。俺は再度の絶望感を感じていた。












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