第2話 聖女ローザリンデ
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「ありがとうございます。助かりました」
「見慣れない服装、あなたが渡来人ですね? 大丈夫です。我々の拠点まで案内します」
女性の手を取って起こしてもらう。
女性に触れたのなんて久々じゃないだろうか?
しかもかなり美人。動揺しないように気を付けなければ。
「あ、あのお、本日はお日柄も良く、お顔も麗しいでやんすね」
「……怖い思いをさせてしまいましたね。失礼しました。ただ、案内しづらいので、お手を放していただいても?」
「あ、あ、失礼しました」
ダメだった。この俺に女性に対する免疫はない。
「私はローザリンデ。あなたを召喚した者です。この度は応召感謝いたします」
「え、えと。はい、よろしくお願いします」
「……走って5分くらいだから、まあ歩いて15分というところですね。ゆっくり行きましょう」
そういうとローザリンデは先を進んでいく。
気まずい沈黙が続く。何を話せばいいか分からない。
しかも、彼女は時速8㎞くらいで歩く。速い。付いていくので精一杯だった。
彼女の赤い髪を追っていく。服装は新緑のワンピースなので、森に紛れてしまう。
しかし、彼女の持つ豊穣で急峻な山岳地形だけは紛れなかった。
称えるべきは哺乳類の本能なのかもしれないが。
「こちらです」
「ぜえ、はあ」
「少し休まれますか?」
「いえ、ご予定があるんですよね? 始めましょう」
案内されたのは森の木々が少しだけ開けた広場のような場所。
地面には白線が引かれていて、魔法陣みたいだ。
ここで召喚魔法を使ったのだろうか?
「ほかの方、は居ないのですか?」
「いえ、皆さんお揃いですよ」
不思議なことを言う。この森にはローザリンデさんと俺しかいない。
見渡す限り、木、木、木だ。
強いて言えば、広場だから鬱陶しかった下草がないくらいだ。
「ふぉっふぉっふぉ。そなたが選ばれし勇者様かな。たしかに珍しい装いじゃな」
どこからか声が聞こえた。男性の声。しかもきれいなバリトンボイスだ。
俺の腹の底にまでよく響く重厚な低音だった。
しかも勇者様ってなんだ? そもそも誰が喋ってるんだ。
「え? 誰ですか? もしかして姿を見せないとか?」
「いやいや、私は君の目の前に立っておるよ。もう少し顔を上げてくれないか。いや、生えておると言った方が君には伝わるかもしれんの?」
目の前にあるのは木だ。森の木。多分樫の木だと思う。植物図鑑なんて見たのは結構前だから自信はないけど。でも生えてるってことは木の上に誰かいるのか?
その木の上の方を見やると、3mくらいの高さの幹に人間の顔があった。
「うむうむ、ようやく目が合ったの。私は
トレント、ファンタジーではちょいちょい登場する喋る木だったか。
あ、動きもするのか。根っこ地面から抜いて一歩近づいてきた。
改めて周りを見ると、トレントは10人くらいいた。
「えーと、俺は
「なるほど、はたもと君か。よろしく頼むよ。私のことはロイドと呼んでくれて構わない。みんなそう呼ぶからな」
「あー、分かりました。一応確認なんですが、ロイドが名前で合ってます?」
これ「はたもと」が名前だと思われている可能性があるな。
一応確認しておこう。
「うん? もちろんそうだが、ああ、君の名前はノボルの方か。これは失礼した」
「いえ、俺も無礼は働きたくないので、すみません」
確認は大事だ。
笑顔が威嚇を意味する文化圏だった、みたいな悲劇は避けたい。
「その年でよくできた人の子じゃないか。親御さんの教育が良かったのだろうな。名字があって家柄も良い」
「いえ、俺たちの世界だと、みんな名字ありますから。むしろ無い方が高貴まであります」
「そうかそうか、私たちの常識の通じないところから来たようじゃな。こちらの世界の風俗によくわからないことがあったら、なんでも相談してくれ。私が相談に乗る」
「ありがとうございます」
トレントのロイドはおじいちゃんみたいな喋り方をする。
言葉の端々に包容力と温かみを感じるな。
「ところでローザリンデ。ノボルの様子だとなんら事情を把握されていないようじゃな?」
「はい。すみません。召喚の儀が不完全に終わったのだと思います」
「いや、謝る必要はない。なにせ召喚の儀を執り行えるのはもうお前さんしかおらんのだからの」
「精進します」
ローザリンデはロイドの部下なのかな?
でも特別な力を持つ部下みたいだ。
「では私の口から説明するとしようかのう。この森の窮状となぜ君を呼ぶに至ったかを」
ロイドの語り口が少し重くなった。
先ほどまでは、隙あらばウィットにとんだジョークを飛ばしそうな軽やかな雰囲気だったのに。
1つ。西方の人間の活動が活発化し、西南方向から侵略が行われている。
1つ。東方の森は瘴気が深すぎてこれ以上の東遷は不可能。
1つ。決戦兵器、『
最後に、その適性を満たすのは召喚された者だけだということ。
「以上が召喚の儀に頼った理由だったのだが、そもそも君は同意したのかな? つまるところ、君は戦争に義勇兵として参加するつもりで、来てくれたのか?」
「え? 戦争とか義勇兵とかそんなの何にも聞いてないですよ。だいたい人を殴ったことだってないですし、俺には無理ですよ。本が燃えそうと思って光に手を伸ばしただけなんですから」
「そうか。いや、なんとなくそんな雰囲気を感じてはいたんだ。兵士にしては、君は優しすぎる気がしてね」
うわ、さっきまでの歓迎ムードは一瞬でお通夜になってしまった。
ロイドは気を使ってくれているが、周囲の樹人は露骨に顔に出している。
「皆の衆、そしてローザリンデ、そんな顔をするな。次の作戦に期待すればいい。まだ絶望には早いぞ」
「……はい」
召喚を行ったのはローザリンデなのだろう。失敗して自責の念に駆られているようだ。
その赤い瞳に、静かに涙を浮かべていた。
「さて、ノボル君これからの話をしよう。実を言うと、私たちは君を元の世界に戻せない。この森を出て人間領に行き、そこで生活した方がいいだろう」
「分かりましたああああ!」
ロイド以外のトレントが醸し出す刺々しい雰囲気に耐えかねて、一目散に俺は走り出した。
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