第21話 顔のあまり見えない生産者さん

 キュイキュイとクィマームの眷属が鳴いている。

 朝である。

 俺はローザリンデとダイニングで朝食を取っていた。


「クィマームは飛べないとか言っていたのに、眷属は飛べるんだな」

「え? 逆にクィマームさん? は飛べないの?」

「ああ、奴は殖産特化だからな。某より飛行は苦手なのだ」

「そっか。いろいろ大変なのね。って、え?」

「え⁉ 一升かずます? なぜここに?」


 ホラーだ。さっきまでローザリンデと二人だったはずなのに、一升かずますはいつの間にかテーブルに腰かけていた。


「む? 呼ばれたと思ったのだが違ったか?」

「いや、びっくりはしていたが解説役は欲していたところだったんだ」

「うむ。だがそれに関しては本人に聞いた方が良いだろう」


 じゃあなんで来たんだよ‼

 驚きの反動でやや怒りを禁じえないが、一升かずますがマイペースなのはいつものことだ。諦めよう。


「でも、クィマーム、召喚士したての頃みたいに巣の建設にいきり立ってたが、もう落ち着いたのか?」


 相変わらず巣の外でキュイキュイと眷属たちが忙しく飛び回っていた。


「ああ、それについても一段落したはずじゃ」


 一升かずますが言うには、この間よりも空飛ぶ眷属が少ない。

 地中の建設に注力しているはずだから、そろそろ安定期に入るらしい。


「……なんでこうも蟲珀魔こはくまは情緒不安定なんだろうな」

「はっはっは。奴は忙しないからの。じゃが、戦力としては申し分ないぞ。無双の戦士とて一人では主を守り切れぬからな」

「……今のはお前にも言っていたんだけどな」


 一升かずますはこの手の小言を聞かない。

 どこ吹く風とばかりにローザリンデが淹れてきたハーブティーにたっぷりとメープルシロップを入れて、豪快に飲み干した。


「腕を4本使って飲むんだな」

「ああ、男たるもの片手でぐいと行くのがマナーらしいのじゃが、1本より2本。2本より4本使った方がぐっと樹液の味わいが引き立つのじゃ」

「そっか」


 理解はできた。納得はできなかったけど。


「じゃあ、クィマームのところに行くか」

「うむ」


 そう言って家を後にする。


「いってらっしゃいませ」


 とローザリンデが見送ってくれる。

 相変わらず慣れない。ちょっと気恥しいな。


「おーい、引き篭り、生きておるか?」

「なんじゃ? 無礼者め」

「お、クィマーム元気そうだな」

「……おや、我が王もおいででしたか。お見苦しいところを」


 やっぱりこいつら仲良しだろ。


「さて、殿守郭ダンジョンの方はどうだ? 相変わらず地中にあるのだな」

「順調ですよ。我が城塞は」

「ん? ダンジョン? なんか聞きなじみがあるようなないような?」


 一升かずますは確かにダンジョンと言ったのだが、なんとなくゲームに出てくるような意味合いではなさそうな気がする。

 地中に無いのが自然だと思ってる? まあ、城型のダンジョンとか、山のダンジョンのように高く高く上っていくものもあるだろうけど。


「我が王、ご説明しますね。こいつがダンジョンと呼んでいるのは古いのタイプです。知識のアップデートができていないんですの。なけなしの飛行能力のためにいろいろ軽くしたのでしょう」


そう悪態をつきつつもクィマームは説明を始めた。


「まずダンジョンとは王のあるべき場所を指しました。城の最も頑丈な所です」

「たしかに、王はそこにいるべきだな」

「はい。入り口は狭く、城壁は堅固で窓はありません」

「窓があると確かにその分耐久性は落ちるか」


 たしか建築基準法でも家の表面積に占める窓の面積割合とか気にしていたはずだ。あまりにも窓が多いと耐震性が無くなるらしい。

 ましてや城なら工場兵器にも耐えねばなるまい。


「そこは窓が無いので暗いのです。その後、王がもっと快適な場所へと移るとダンジョンの意味や用途が変わりました。牢獄や拷問部屋です」

「なるほど、暗く血生臭いと」

「ご名答。一升かずますはは天守閣だと思っているので地下にあるはずがないとか抜かしたのです」


 しかし、一升かずますは不服であるようだ。


「何を言うか。某とてキャッチアップしておるわ。殿てんとは王、しゅは守ること、かくは城じゃろうて。天にあるなどとは申しておらぬぞ」


 分っかりにく⁉


「まあいいや。で、ダンジョンが完成したと言う話だが、中でなにか作ったりするのか? 財宝とか?」


 これは物語によくある話だが、宝箱とか罠とか自動生成されたりなんてことは——


「ないですわ。強いて言えば、妾が眷属を産み落とすことくらいかと」


 ズコーーー。

 あんだけ期待させておいてこれか。

 まあ、そう美味い話なんてないよな。


「しかし、重要でしてよ。地下空間が使えるならば、狭い支配地域を効率よく運用できますから。今は妾魔蜂族の食料生産くらいは自前で達成するべく、地下に畑を作っておりますの」

「へ? 畑? 光もなしにできるのか?」

「はい。キノコの一部は栽培可能ですし、それに我らは瘴気を食らう者。瘴気を浴びた植物ならむしろ暗闇の方が都合が良いのですわ」


 あ、日本の常識で計ってはいけないものだ。

 厳密には、ハキリアリと呼ばれる蟻は農業をする。

 でも光ではなく瘴気を糧に増える植物は予想外だったなあ。


「ま、妾は産み落とすだけで、実際に何をどうしているかは知りませんが、今回もそれで回していきましょう」


 クィマームによって得られるのは物量。

 その意味するところが改めて分かった気がした。

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