第22話 等差級数と等比級数

 人口は等比級数的に成長するが、食糧生産は等差級数的にしか増加しない。

 これは古典派経済学者マルサスの論じたところだ。

 しかし、これはクィマームには当てはまらないようだ。


「え? 生産調整? そもそも眷属は眷属を作れませんからね。眷属の数は等差級数的にしか増えませんよ。なんなら食料生産速度の方が速いです」


 この蜂のお母さん、教養がある。

 一升かずますは隣でぽかんとした顔をしている。


 多分感覚的には理解しているはずだ。

 小難しい表現に慣れていないだけで。

 某は見回りに行ってくると逃げるようにいなくなってしまった。


 あれからクィマームの営巣が終わってから3日ほど経った時にふと気になったのだ。

 眷属の数が増えたらヤバいんじゃないかと。


「そうか、1日当たり何体生み出してるんだ?」

「36体ですね」

「あれ? 思ったより多いな。飛び回っているのを見かけないが?」

「現状飛べるのは最初に産んだ6体だけです。飛行能力を持つ眷属はコストが馬鹿にならないのです。1日に6体しか産めなくなります」


 こっちの世界でも飛行能力って高くつくんだなあ。

 日本だってラジコンの車よりドローンの方が高くつくから、それだけ重力に逆らうのは大変なんだろう。


「ということは、大体の眷属は地下で活動してるってこと?」

「そうなりますね。汎用眷属は私と同じくらいのサイズで、街道の整備や農業生産に従事させています」

「そうか、ロイドが少し心配していたみたいでな。一升かずますもよく食べるからな」

「おや、食糧事情が思いのほか芳しくない?」


 クィマームの表情は読めない。

 一升かずますもお面をしているから機微が読めない、と思いきや、雰囲気で透けて見えるんだよなあ。

 でもクィマームは蜂の頭だけついててどこ見てるかも分からないせいで、ちょっと内心までは読みにくいのだ。

 それでも今の声音からは心配と食料援助を申し出た方がいいかの逡巡が垣間見えた。


「いや、そこまでじゃない。ロイドたちからすると、食糧が必要って感覚自体がピンと来てないんだと思う。貯蔵量は十分ありそうだったよ」

「ニンゲンは老いると若者の食事の心配ばかりしますからね」


 以前召喚されたときも似たようなやり取りがあったのだろうか?

 まあ、今はいい。


「それじゃあ昨日までで飛行能力ありが6体で、飛行能力なしが72体ってことね」

「そうなりますね。今日も既に24体生産しています」

「分かった。96体はいるんだな。目に入らないから分からなかったよ」

「ええ、ひたすら地中を掘り進めています。それにしても」


 クィマームは空を見上げた。

 つられて俺も見上げる。


「細かいのですね。我が王は」


 ため息のような音階だった。


「ああ、悪いな」

「それよりちょうど地中型眷属が上がってきました。ご覧になりますか」

「姿が違うのか?」


 巣穴からぬっと顔を出した眷属。触覚がぴょこぴょこと動き、艶のある漆黒のドレスに身を纏っていた。


「アリじゃん⁉」

「そうですが?」

「え? 君が産んだんだよね?」

「そうですが?」

「え、普通なの? 凄いことじゃないの? 世紀の大発見じゃないの?」

「普通のことですよ? 我が一族です」 


 どうも地球の常識は一部だけ適用できるというところが厄介だ。

 アリとハチは近縁種だ。なんならミツバチはスズメバチよりアリに近いみたいな話もある。


 ということは知っていたが、産むのは反則じゃないか? 

 もっとこうグンタイアリの大きさも形も役割もそれぞれ違うみたいな形を想像していたのに。


「なんで黒なの?」

「闇に染まるためですね」

「じゃあ艶消しはしないの?」

「今まで成功したことないですね」


 そっかあ。じゃあ仕方ないよね。


「いやあ、びっくりした」

「ええ、でももっとびっくりすることがありますね」


 不機嫌そうに、不愉快そうに、クィマームは立派な顎をカチカチと弾き出した。


 スズメバチの警告音だ。俺もうっかり彼らの間合いに入ってしまったことがあって聞くことがあったのだが、どうやら打楽器のようにぶつけて音を出すのではなく、弦楽器のように弾くらしい。

 現にクィマームはそうしている。


「なんだ? なんか怒らせたるようなことをした?」


 こっちに来てローザリンデと話すようにはなったが俺は圧倒的に女性と話したことが無い。もしかして粗相でもあったのだろうか?


「ええ、不埒者めが」


 低い。どすの効いた声だ。

 複眼の一つがぎょろりと空を仰いだ気がした。


「ひい、すみません」

「あ、我が王ではありません。眷属が何やら補足したようです」


 それは同時だった。


「おおい、ノボル君。偵察部隊から連絡が入ったぞ。敵襲だ。ニンゲンが攻めてきおった」


 ロイドだ。思っていたより足が速い。それに人類の動きも早いな。

 木こりの村を焼いたことがもうばれたのだろうか?

 いや、早くともばれるだけで、報復のための舞台を編成するのに時間を要するはずだが……。


「とりあえず作戦会議だ。クィマーム殿、ここで会議を開くがお立合い頂けるかな」

「無論じゃ」

一升かずますは?」

「最前線に向かうと言って、飛び出していった」

「大事になるのか」

「まあそれについては大丈夫じゃろう。一升かずます殿は武人。戦場の駆け引きは誰よりも鼻が利くじゃろうて」


 なるほど、つまりロイドも一升かずますのことを戦略以外はアホの子と思っているんだな。

 全く同感だ。


「奴の血と樹液に対しての嗅覚は妾も保証するぞ」


 ああ、賑やかになるな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る