第20話 クィマームの本懐

「おおう、戻ったか」

「ただいま戻りました」


 拠点に戻るとロイドが出迎えてくれた。


「うむうむ。その様子を見るに、新たな蟲珀魔こはくまを召喚できたようじゃな?」

「妾はクィマーム。おぬしジョージか?」

「いえいえ、私はそのジョージの孫に当たります」


 このやり取りをまた見るとは思わなかった。

 クィマームも前回参戦していたクチみたいだ。


「では我が王、私はここを拠点にすればよいのですね?」

「ああ、ここがこれから君の拠点にもなる。よろしくなクィマーム」

「あ、我が王、それはまずい」


 一升かずますが素っ頓狂な声を上げた。


「では、ここを我が城に致しましょう」

「あ、これはいかんな」


 ロイドもスタコラサッサと距離を取る。


「我が王、ご照覧ください。これが我が城、我が要塞です」


 光がクィマームを包み込む。


「うわあああああ‼」


 その光は森全体を包み込むかのようなまばゆさを放った。


「キュイ!」


 なんだこの声?


「「キュイキュイ‼」」


 小さいクィマームが4、5、……6体。

 クィマームを中心に正六角形状に並んでいた。


「ご覧ください、我が王。我が眷属、我が僕です」

「お……おう、かわいいな」

「かわいい? 我が王は独特な感性をお持ちなのですね。さて、ではここを掘って我らの巣を作りますので、離れてください」


 そう言うとクィマームは眷属に指示を出し始めた。


「え? ここはロイドの居るところだからまずいんじゃ」

「おい、ノボル。悠長が過ぎるぞ。離れるのじゃ」

「え?」

「こうなったら眷属はもうここに巣を作ってしまうんじゃ」

「えええ?」

「もうここはクィマーム殿の領域じゃからの。危ないぞ」


 そう言うことはさあ、早く行ってよおお!


「すみませえええん」

「はっはっは。我が王も蟲珀魔こはくま使いの気苦労を理解し始めたかの。某は随分マトモじゃったじゃろう」

「そーですね」


 改めて、蟲珀魔こはくまは暴威である。

 クィマームの眷属たちはその小柄さに似合わずすさまじい勢いで穴を掘っていく。

 どうやらこのクィマーム、地中に巣を構えるタイプの蜂のようだ。


「ああ、完成が楽しみですわ」


 ただ一人クィマームだけがご満悦である。


「すまないな我が王。あやつは腹を満たすと直ちに城を作りたがるのじゃ。業病じゃの」

「そっかあ、ここが拠点であると言うことを否定されないと突っ走るんだな」


 なんか妖怪みたいな性質してるな。

 一線を越えたら何しても良いと思ってる感じ。

 ……いや命令があれば何でもするのは軍人かもしれない。


「では、我が王、妾はこれから殖産強兵しょくさんきょうへいに入りますので、暫時ざんじ失礼します」

殖産強兵しょくさんきょうへい?」

「あれ? 一升かずますと意気投合しているから素養がおありか思ったのですが?」

「すまん。富国強兵と殖産興業なら知ってるんだが?」

「妾は女王蜂ですので、兵を産むのが最大の仕事です」


 仕事と来たか。実際の女王蜂も巣にこもりきりで産みまくるらしいから、そこは蟲珀魔こはくまと言えども一緒なんだな。


「分かった。数が必要になるだろうから任せる」

「うむ。トレントの若いのもだいぶ減ってしまったからのう。頼みますぞクィマーム殿」

「ジョージも戻ってきたのか、いやロイドじゃったな。任せておけ」


 巣穴の初期段階はもう完成してしまったようだ。

 土が山盛りになり、ぽっかりと3mくらいの大穴が開いている。

 クィマームはいそいそと穴に入ると、眷属が土魔法を使って入り口を覆ってしまった。


「ああ、これでやっと静かになったわい」

「うわ、一升かずますも戻ってたんだ」

「ああ、それは当然じゃ。主殿ももっと女心が分かるようになった方が良いぞ」

「え?」

「クィマームのやつは気にしない奔放なところがあるが、あの光は産光と呼ばれるもので、おいそれと見せたりしないものじゃ」


 ん? つまり俺は分娩室から出ていかなかった変態ってこと?


「変態が何を意味するか分からぬが、まあ『でりかしー』に欠ける行為ではあっただろうの。蟲珀魔こはくま使いとして見届けるのも仕事かもしれんが」

「あれそんなにセンシティヴなシーンだったんだ」

「まあ、普通の感性をしていればの」


 うわあ、言ってよう。ロイドもそれを分かってたなら言ってよう。

 恨めし気にロイドを見る。


「むうノボル君。儂は全く知らなかったのだぞ。食われるやもしれんと思って逃げただけじゃ」

「え?」

「え?」


 俺も一升かずますもぽかんとしてしまった。


一升かずます、お前クィマームに騙されて嘘の常識を吹き込まれたとか?」

「え? いや、そんなわけなかろうて。破廉恥極まりなかろう。常識的に考えて」


 あ‼ これどっかで見たと思ったら蟲珀魔こはくまと感性が合わないだけだ。

 ローザリンデは一升かずますが虫にしか見えないと言ってたけど、トレントにとってもクィマームは虫にしか見えてないんだ。

 同じ蟲珀魔こはくまである一升かずますだけがセンシティヴ判定を下したと言うことだろう。


「まあ、機会があったらクィマームにも意向を聞いておこう」

「む、みんなピンと来ておらんのじゃな? まあ良い。クィマーム次第じゃの」


 なお、家にに帰ってローザリンデにそのことを話すと、


「離れるべきだったんじゃないですかねえ?」


 なるほど、心というものは分からない。

 少しづつでも歩み寄っていくほかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る