第19話 2体目の蟲珀魔《こはくま》

「うわあ、グロテスク」

「残虐極まりないな」

「まったくですわ。なんで久々のシャバだというのに血みどろですの?」


 『憂断ゆうだち』の刃も【戦技:水飛沫】の衝撃も通さなかった濡刃烏ぬればがらすも、内部からの膨張には耐えきれなかったようだ。


「妾の名はクィマーム。蟲の王です」

「「王?」」


 俺は単純に、一升かずますは訝し気に疑問を呈した。

 王と言われても血や胃液にまみれた状態で言われても威厳が無い。


「ああ、気持ち悪い。我が王、再召喚してくださる?」

「あ、ああ。分かった」 


 凄い圧だ。押し切られた。


「ふう、やはりこうでなくてはなりませんね」


 黄金の光が晴れた後、目の前に現れたのは、黄色い地に黒のラインが縦に走ったドレスに身を包んだ、女性だった。

 もっとも頭が蜂のそれをしている点は問答無用で蟲珀魔こはくまであるし、よく見れば腕も4本ある。


 最も驚いたのはバストとヒップ。あまりに太い。

 一方、ウエストは不気味なほどに細かった。

 人間離れしていることは一目瞭然だった。


「ふふふ、久方ぶりですね。シャバの空気は。やはり召喚されるのは気分がいい。今までの鬱屈した気持ちが洗い流されるようですわ」


 そういうとクィマームはカーテシーをした。

 あまりにも自然で優雅な所作だった。

 歴史物で見たことがあるなあと思っていたが、まさか直接お目にかかるとは思わなかった。


「相変わらず見てくれだけはいい奴じゃな?」

「そちらこそ口の悪さは変わらないのですね」


 一転、急にピリピリした雰囲気になってきた。

 一升かずますに至ってはわざわざ探しに来たのになんかいがみ合ってるし……。


「もしかして、お前ら仲悪いのか?」


「「当然!」です!」


 なんだ仲良しじゃないか。

 杞憂だったな。


「こいつは大食らいで樹液を食いつくすのだ」

「なにを、樹液しか食わないのはそちらではないか? 妾は肉も食うのじゃ。獣を狩って持ってくればよかろう」


 なるほどね。好物も一緒なんだ。やっぱり仲良しだな。


「はあ、で? 樹液はないんですか?」

「え?」

「いや、樹液ですよ。樹液」


 なんか圧が凄い。


「こ、この辺になければ無いですね」

「ああん⁉」


 あ、お目覚めの直後でお腹が空いていらっしゃるのかな?

 すごく怖い。


「むむ。あいかわらず鼻の利かない奴じゃ。あそこじゃな。ほいっと」


 一升かずますは即座に抜刀し水滴を飛ばす。

 相変わらず結構なお点前だ。


「樹液—‼」


 よっぽど腹が空いていたのだろうか?

 クィマームは目にもとまらぬ速さで飲みに走った。


「おい、激戦の後とはいえ魔獣がひしめく森だから気を付けるのじゃ」

「分かっておる、妾に抜かりないわ」


 2人の蟲珀魔こはくまの間で軽妙な言葉のキャッチボールが交わされている。

 いや、ドッヂボールかもしれないが……。

 それはさておき、話に入れない。

 こういうところ、前の世界でも直しておきたかったなあ。


「どうした我が王、浮かない顔をして。もしや奴と上手くやっていけそうにないとかか?」

「いや、そんな大したことじゃないんだ」

「あやつが高飛車で傲慢で鼻もちならないのは空腹時だけだからあまり気にするな。時間が経てば多少威厳が回復するじゃろうて」


 酷い言い様だ。だが逆にこれだけ言っても信頼が破壊されないと言う確固たる自信があるんだろうなあ。


「ああああ、蘇りますわあああ‼ 甘美‼ 賛美‼ 耽美‼」


 あ、一升かずますの注意喚起は大きかったけど、聞こえてないわ。

 鬼の居ぬ間に洗濯と言うやつだな。クィマームは悪魔だけど。


「あ、言わんこっちゃない、魔熊マグマに囲まれておる」

「その割には悠長だな。助けに行ってやらなくていいのか」

 

 一升かずますはクィマームにも聞こえるように大声出しただけで、太刀すら抜かない。


「大丈夫だ。あいつも馬鹿じゃない。自衛くらいできるぞ」


 クィマームを見やればスカートの内側から魔法の杖みたいなものを取り出して、振り始めた。


「はああ⁉ 私は食べるのに忙しいんだから一升かずますがやりなさいよ。【水流槍すいりゅうそう】」


 魔熊マグマは火の魔物。水の魔術には弱いのだろうか。

 踵を返して逃げ出したが、遅い。脳天を撃ち抜いた。


「な? 言ったろ大丈夫だって」

「まずい⁉ 濡刃烏ぬればがらすだ‼」

「大丈夫だ。俺にはないが奴には対抗手段がある。むかつくことにな」


 それでも一升かずますはどっしり構えている。

 あの濡刃烏ぬればがらすもでかいのに。


「次から次へと鬱陶しい。【火炎槍かえんそう】」


 とってもグロテスクだ。自慢の黒鉄の羽は溶けて飛べなくなり、トドメとばかりに脳天を焼く。


「ああ、魔熊マグマは美味いなあ。樹液とよく合う。花の蜜もあったらよかったんだけどなあ」


 クィマームは何事もなかったかのように食事を続けた。というか主食が樹液から熊肉に移っていた。生肉食って大丈夫なのかと思ったが、あの熊体温高そうだし大丈夫なのか?

 それともクィマームだから大丈夫なのか?

 俺にはさっぱり分からなかった。


「ああ、飢えはどうにか凌ぎました。妾ばかり食べてしまって申し訳ありません」

「良かったな、我が王、クィマームが平常運転に戻ったぞ」

「これが平常運転なんだ」


 キッとした印象がだいぶ和らいでいる。

 よっぽどお腹が空いていたんだろう。


「時に我が王、ここが拠点なのですか? であればここで眷属を増やしたく思いますが」

「ここは拠点じゃないぞ。それより眷属ってなんだ?」

「我が王、説明は道すがら行おう。一刻も早く拠点に帰る」

「分かった」


 一升かずますはさっさと帰ることを重要視したようだ。

 かくして、琥珀蟲籠こはくちゅうろう捜索の旅は終わった。


「お前らなら飛んで帰れたりしないのか? そっちの方が迷わないと思うんだが……」


 ちょっと疲れたのだ。そんな軽い気持ちで言ってみた。


「我が王、某は辛うじて飛べるが、王を抱えては飛べないな」

「そして妾はそもそも飛べませんね」


 いや、飛べないんかい!

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