第25話 事情聴取

「どうしよう、まったく言葉が分からない」


 そうだったすっかり忘れていた。

 ここのニンゲンたちと言葉が通じないんだった。

 現実でも英語がちょっとできる程度だから、話せはしないのだけど。


「むう、そう言えばノボル君はニンゲンに酷い目に遭っていたが、言葉が通じないのも一因だったのか」

「そうですね」


 ロイドは、金髪の人と黒髪の俺とは違う種類なのかなと思ってるかもしれない。

 樹人にも広葉樹や照葉樹タイプみたいな人種ならぬ樹種みたいなのはあるんだろうか?

 それはともかくとして、彼らから情報を抜き取るのは難しく思えた。


「では殺しましょう」


 クィマームは言い放った。


「え? 判断早くない?」

「生きているうちは利用価値がありませんから」

「え? 何を言っているんだ」


 俺やトレントの理解が追いつかないうちに、蟻型眷属が全員の首を引っこ抜いてしまった。

 すごいパワーだ。


「突然ですが、妾がなぜ6の倍数で眷属を産むか、ご存じですか?」

「本当に突然じゃな……」

「いつもいつもびっくりするよ」

「……済まぬ。妾は即断即決せねば気が済まない性分でのう」


 少し寂し気にクィマームは言うと続けた。


「数こそ我らの本分じゃ。ニンゲン2体を運ぶ力こそあれ、一升かずますに比べれば微々たるもの。しかし、数がおれば魔法適性も偏らせることができる。このようにな」


 蟻型眷属がのそのそとやってきた。ここのところ見かけていた奴からすると鈍重な感が否めない。加齢による衰えが生じるほどの時間は経っていないはずだが……。と思っているとクィマームが補足してくれた。


「彼らの魔法属性は闇。屍体を操り死霊から情報を抜く、珍しい魔法じゃ」

「まさか、あの話は本当じゃったのか?」


 ロイドは知っているようだ。


「ロイドは知っているのか?」

「ああ、そんなわけがないと思っておったのじゃが」

蟲珀魔こはくまは悪魔ゆえ、もっと驚くべきは光属性が使えることだと思うのじゃが……。まあいい」


 蟻型眷属の4本の手が人間の生首に触れる。

 黒い魔法陣が手首から展開され、いかにも闇魔法ですよ、と言った雰囲気を醸し出している。


「妾は6体同時に眷属を殖産することで、魔法属性を偏らせている。地水火風闇光。各々1つずつしか適性を持ち合わせていないのだが、その分出力には優れているのじゃ」

「なんと……」

「ロイド、そんなに凄いことなのか」

「すごいことじゃ。例えばノボル君を呼んだ召喚術は光属性だが、この森に光属性の適性を持つ者はローザリンデしかおらんかった。儂の記憶を遡っても6人だけじゃ」


 それはかなり珍しいのではないだろうか。


「闇はもっと珍しいぞ。それを、光と闇の適性持ちを6体のうち2体も産む……。想像できんな」

「何度も言うが、闇は別に妾をはじめ蟲珀魔こはくまならそこまで珍しいものでもないのだが、希少性はすさまじいようじゃな」


 ふむ、どうやらクィマームはとっても常識外れた存在であるらしい。

 蜂の頭を持つ貴婦人というだけでも、それは珍しいのだけれども。


「で、その闇属性の魔法で何をしているの?」

「ああ、我が王、今の妾と感覚を共有しない方がいいですよ」

「え?」


 そう言われるとついうっかりしてしまうのが人情である。

 いや、馬鹿だからとか、無鉄砲だからとかそういうのではない。


 「象のことを考えないでください」と言われたときに、真っ先に思い浮かべてしまうのは象だ。

 その感覚でクィマームの頭の中を覗いて後悔した。


「うおえ」


 11人分の記憶の濁流が流れ込んでくる。

 気持ち悪い。ハーブの爽やかな香りが喉まで上がってきたが、おかげで戻すことは無かった。


「失礼しました。やはり行動よりも言動を先にした方が良いようですね」

「いや、気にするな。俺も気軽に共有できちゃうからね。油断したよ」

「待て、私からすると何をするのかは先に言ってほしいものなのだがね」


 ロイドには釘を刺すことを忘れないという美徳がある。

 俺の背中はさすっているので俺を心配してないではないのだろうが。


「しかし、こんな情報の濁流をよく整理できるな」

「視覚情報を中心に集めていますからね。光属性の眷属も全部投入してどうにか捌いています」


 それって光ファイバーみたいなものなのだろうか?

 よくわからんが魔法って便利だな。


「分かりました。彼らの依頼者の顔です」


 そう言うとクィマームは左の掌の上に立体的な映像を映し出した。

 これもしかしてクィマームは全属性扱えるんじゃないか?

 だが、ロイドの顔を見るに、話しはけっこう厄介な方向に進んでいく未来が見えた。

 

「こ、こやつは、この、このカミキリムシめがあああああ‼」


 他のトレント達にも怒りの色は見えた。

 しかし、ロイドの殺気にも達するほどの強烈な怒気に、皆驚きを禁じ得なかった。

 ここは事情を知らない俺が聞くしかないだろう。


「こいつ、誰なんです? ニンゲンにも見えますが耳が長い」


 クィマームが映し出したのは耳長の金髪の美人。

 エルフ、と言われるような姿だろうか。緑の目に色白の肌。

 ちらりと写る八重歯が醸し出す野性味と、相反する上品な佇まいが両立したような女だった。


「こいつは森の裏切者、エルフの王女、アルウィナじゃ」


 苦虫を噛み潰すように殺意を滲ませて、ロイドは言った。

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