第24話 クィマームの戦場

 一面の森は、そこでまばらになり始める。

 木こりたちが伐採をしていた影響が残っているようだ。


 振り返ると、クィマームの巣穴が見える。

 これは飛行眷族の視界か?

 飛行高度と角度から距離を割り出す。西に5㎞だ。


 と同時に蟻型眷属は真っ暗闇の地中を驀進する。

 巣穴を掘り進んでいるわけではない。

 まったく見かけることのなかった蟻型眷属は、西に巣穴を広げていた。


 西に5㎞地点までは既に掘り進めてある。

 しかも移動経路は60通り以上はあるか。複雑な構造をしている。

 これは道路計画やインターネットと一緒だな。どこが寸断されても他の経路が確保されている状態を作り出している。


 一部の菌類は神経細胞も無いのに最短経路を結ぶそうだ。

 パレート最適は最も効率的だ。しかし、それは有事の備えがない状態。

 あらゆるかすり傷が致命傷となる。


 それとは対極の知性。クィマームは全てを破壊しなければ倒れない頑健な輸送網を構築していた。


 蟻型眷属はその輸送網を使って迅速に行動。

 分かれ道の度に分散を繰り返し、縦隊を作らない。

 縦隊でないということは、渋滞しないということだ。


 いち早く、想定される戦場に移動していく。

 魔法も使っているのか移動速度は速い。

 時速60㎞は出ているだろうか?

 木々が障害物となる地上と異なり、凄まじい速度で進んでいく。


 キラリ。

 飛行眷族が森の中から黄金の反射を捉えた。

 一升かずますの兜飾りと思われる。


 その黄金の三日月が人型と接敵しようかという頃だろうか。

 アリ型眷属は地下で包囲網を敷き終えていた。


「速すぎないか?」

「お褒めに預かり恐縮ですわ」


 戦況は俺がロイドたちに伝えている。まるで実況だな。

 クィマームは指揮しつつ、ふむふむ言っているので、ロイドたちがどんな情報を欲しがるのかも分析しているっぽい。


 クィマームは少々秘密主義者のきらいがあるな。

 極力情報を開示せずに戦うことを好むようだ。

 一升かずますと違って、トレント陣営に付かないことも想定しているのかもしれない。


 いや、考えすぎか? 

 でも前回も召喚されているなら、情報は全出しするはずなんだよな。


 まあ、いい。今は戦闘だ。


「我が王、一升かずますにお伝え願えますか?」

「ああ、できるぞ。なんて伝えればいい?」

「殺気なり、瘴気なり出して、ニンゲンの注意を引きつけろと」

「分かった」


 伝令杖は一升かずますには伝達できないのか。

 眷属限定なんだなと思ったが、俺の召喚もそうだったわ。


一升かずます、聞いてたな」

「御意」


 一升かずますの背中の甲冑が開き、羽根と言うにはあまりにもメタリックでごつい器官が振動した。禍々しい低音は大地を鳴らした。

 テレパシー越しにも不気味さが伝わってくる。


 飛行眷族の上空偵察でもニンゲンのどよめきを確認できた。

 刹那、地面は割れ、ニンゲンを引きずり込んだ。


「……人影、今のところ見当たらないかな?」

「それは全て倒したということか?」


 ロイドが尋ねる。


「ええ、確認できる範囲は。引き続き上空の警戒に飛行眷族2体、地底振動探知に蟻型眷属6体を割いて警戒に当たらせます」

「……本当に一歩も動かないんだな」

「ええ、ここが妾の戦場ですから」


 戦場で行なわれるのは戦闘だけではない。むしろそれは一部だ。

 現に戦闘が終わったのは一瞬だが、一升かずますは現在引き上げておらず、その周辺の警邏けいらに参加するようだ。


 蟻型眷属はというともっと忙しく、捕獲したニンゲンの処理はむしろ始まったところだ。

 まずは動かなくなるまで殴って、それから連行する。


 さすがに時速60㎞は出せないし、そんなスピード出したら人体各部が削れてしまうので、ゆっくりとしか運べない。


 しかし、蟻型眷属だけあって力持ちだ。

 1体で2人担いで悠々と進んでいく。

 後ろに2体眷属がニンゲンの行動を監視し、意識が戻ればまた失神させる。


 ロイドやクィマームはいったん休憩を取っているが、その間にも運送は続けられている。


「ああ、ありがとう」


 戦闘が決着したタイミングで、指揮所というか本部と言うかは休憩に入っていた。


「ああ、ハーブティーか、落ち着くな」

「ローザリンデは茶を淹れるのが誰より上手いからのう」

「ふむ、妾もこれほどの茶を飲むのは初めてじゃの」


 休憩は大事だ。特に頭脳で戦うものにとっては。

 クィマームがハーブティーの味を確信すると、蟻型眷属がそそくさと蜜を持って来た。

 味替わりに2、3滴垂らして飲むと、これまた最高のマリアージュだった。


「この蜜、かなりの上物なのではないかね?」

「そうなのかクィマーム?」

「うーん、まあ珍しくはあるでしょう。そんなに量が獲れませんから」


 さて、甘味補給も終わったところで、もう一仕事をしようか。

 ひょいと蟻型眷属が顔を出すと、そのままニンゲンの肉体が並べられ始めた。

 しめて11体か。


 拘束はしていない。

 歩くことも這って逃げることもできない程度にはボコボコにされている。極めて原始的な「拘束」がしてあるだけだ。


「さて、君たちは何人で、誰に何と頼まれたのかな?」


 ロイドが優しい声で聴く。

 返答は聞きがたい言語だった。

 侮蔑の言葉ではなさそうだが、そもそも言葉が通じなかった。

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