蠢動

第12話 蟲珀《こはく》の気配

 祭は終わった。しかし、その翌日から血祭は始まった。

 反攻作戦に出た森林陣営は、近くにいるであろう強者を引きずり出すための作戦を実行中だ。


 作戦名は『夜の森』作戦。

 炭焼き集団の全滅を知った人間陣営は、その調査隊を送り出してくるはずだ。

 しかし偽装工作もあって、集団の壊滅は消火活動中にオオカミに襲われたためと結論づけるだろうから、今度はその討伐隊を土に還そうというわけだ。


 森林陣営は、トレントを森林各所に配置し、増えすぎた草食獣の一部の屍肉をオオカミに与えて、またその屍肉をまき散らして、周辺からオオカミを集める作戦を展開している。

 トレントはほとんど木であり、オオカミにさえ木々との区別ができないため、安全なのだ。


 当然この作戦に人間の俺は組み込まれていない。オオカミに食われるからだ。

 だから、祭りの翌日からこうして剣術の練習に見える、剣を用いた致命傷回避術の訓練をしているわけだ。


「しかし、暇だな」

「うむうむ。我が王も人並みの剣士とサシでやり合うならば、無傷で対峙できるくらいにはなっただろう」


 一升かずますのお墨付きももらっている。

 ただ、一升かずますの剣技は人間離れしたスピードをしていて、中学時代卓球部で鍛えた動体視力でも抜刀からの一太刀が見えない。

 つまり、強者を相手にすると死ぬってこと。


「ほっほっほ。今のうちに休んで力をつけてくだされ」

「ロイド、あなたこそ休んでます?」


 ロイドが現れた。祭も血祭も取り仕切っている。

 現状一番働いているんじゃないだろうか?


「うむうむ。この年になると転寝がなかなかどうしていいリフレッシュになるからな。まだまだ若いもんには負けんぞい」

「がっはっは。こりゃ一本取られたな。単純に夜寝れなくなっただけじゃないか」

「まあ、ロイドがそう言うなら無理に休めとは言いませんが」


 そのときだった。


(……う。我が王、聞こえますか? 私は空を飛んでいます。おのれ忌々しきオオカラスめが、琥珀蟲籠こはくちゅうろうは宝珠じゃ。そのあたりの光り物……)


「……どうした我が王。疲れが出ちまったか?」

「無理はめさるな。初陣を終えたばかりですからな」

「いや、多分そう言うのじゃないと思う。声が聞こえたんだ。女性の声が」


 ロイドと一升かずますは顔を見合わせる。

 二人には聞こえていないようだ。


「いや、声って言うのも変かな? ああ⁉ 一升かずます琥珀蟲籠こはくちゅうろうから呼びかけてきたのと同じ感じ」


 一升かずますはぎょっとした表情でこちらを見た。


「え? 俺より先に召喚した蟲珀魔こはくまがいるのか?」

「いや、いないけど」

「だよな。いやでも我が王ならありえるか?」

「失われた琥珀蟲籠こはくちゅうろうが呼び掛けてきていると?」


 自信はない。でもあの声は自分で琥珀蟲籠こはくちゅうろうと言っていた。


「少なくとも琥珀蟲籠こはくちゅうろうは宝珠と言ってた」

「ああ、じゃああの女王か」

「あれ? 知り合い?」

「ほう? 私も知る蟲珀魔こはくまは貴殿だけですからな」

「ああ、ずっと前に共闘したぜ。でもそれっきりだったのだが、あいつは便利だ。欲しいな」


 一升かずますがそう言うならそうなんだろう。

 それでなくとも戦力は多い方がいい。


「距離はどのくらいだ?」

「分からない。ただ、カラスに咥えられているらしいから、受信距離ギリギリを入って出ていったような気がする」

「カラス? ああ、琥珀蟲籠こはくちゅうろうはよく光るからな」

琥珀蟲籠こはくちゅうろうが壊れる危険はほとんどありませんから、そこは心配無用ですな」


「ロイド、悪いがちょっくら出かけてくらあ。通信限界ぎりぎりってことは俺の単独行動限界の少し先だと思う」

「そういえばそんな距離あったね。あれ何キロくらいなの?」

「キロ? 知らない言葉だな。俺の言葉でいいならだいたい5里くらいだな」


 5里。1里≒4㎞だから20㎞くらいか。逆に言えばそのくらいの距離なら離れられるのか。

 ここから俺の初陣は本当に俺に実戦経験を積ませるためだけの作戦だったと分かる。一升かずますが必要だったとしても、俺が随伴する必要は無かったのだから。


「だったら往復だけで1日飛ぶんじゃない?」


 江戸時代の目安だ。男なら1日10里。女なら8里が目安とされた。


「ノボルよ。単純に考えればそうだが、道なき道だろう?」

「うむうむ、オオカラスということだと瘴気の森じゃろうて。1日で5里進めれば上々と言ったところじゃろう。往復と討伐だけで最低3日はかかると見るべきじゃろなあ」

「ロイド、我らが行ってもよいかの?」


 一升かずますがロイドに聞くと、ロイドはうんうん唸りながら思案を始めた。


「うーむ、人類側が即応してきた場合に備えると、6日、いや5日で帰ってきてほしいかの?」

「かたじけない。では、ノボル、さっそく行くぞ」

「え? 今今?」

「当然じゃ。蝉の夏は短いのじゃぞ」


 ……光陰矢の如しってことかな? 善は急げって意味かもしれない。

 でも急がなければなるまい。トレントだけで対処不能な人間側の戦力が出てくるときに一升かずますがいないのはまずい。


「よし、では旅の準備じゃ。火を起こせるものさえあればよい。軽装で行くぞ」

「え? 本当に火打石しか持っていかないのか? ご飯は? 水は?」

「現地調達じゃ。さあ行くぞ」


 俺は一升かずますに引きずられながら、蟲珀魔こはくま探しの旅に出た。

 ローザリンデに挨拶してないんだけどな……。

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