第11話 宴

「さて、まずは我らの希望、ノボル君の初陣勝利を祝して乾杯!」


 翌朝から、といっても俺とローザリンデが起きたのは昼前だったし、ロイドが起きたのは昼過ぎだったけれども、宴の準備が始まっていた。

 俺が起きてきたのを見つけるとすぐ乾杯し始めた。準備中だったのでは?


「俺はリンゴジュースで」

「ほほう。殊勝な心掛けじゃな、我が王」


 一升かずますが話しかけてきた。

 一升かずますはいつ寝てるんだろう。そもそも家もないし。

 しかし、いつものように元気いっぱいで、力仕事を行っていた。


「今日はキャンプファイヤーをするからな。間伐と木組みとやることが多いのだ」

一升かずます殿、かたじけない。我らが準備を始めたところ、ご協力していただけると」

「いやはや、相変わらず人使いの荒い森じゃわい。某の好きな樹液をたーんと飲んで良いのじゃろうなあ? 楓じゃ、楓が良いのお」


 豪快に笑い飛ばしながら作業を続ける。

 一升かずますはだいぶトレント達にもなじんできてるみたいだ。

 まだ特級戦力にこんなこと頼んでいいのだろうか、という遠慮はあるようだが、じきにそれも慣れるのだろうな。


「ああ、でも大げさじゃない?」

「大げさじゃありませんよノボル様」


 家からくっついてきたローザリンデが腕を組んできた。


「あの一戦は温存戦略から反攻戦略へと転換した歴史に残る一戦ですよ」

「あんなに小規模なのにか」

「1人死んだせいで始まる戦争だってあるからのう。火種の大きさは問題ではない」

「ええ、ここからなんだから盛大にお祝いしなくちゃね」


 それで浮かれているのか。いや、そう感じるのは俺が今までの状況を理解しきれてないからだな。

 冬を越えれるか否かで気を揉んでいたところに、春の日差しが差し込んできたようなものなのだろう。

 どこからか迷い込んできた蝶がひらひらとまた森の中へ消えていった。


「今後の展望はどうなるんだろう? ロイドは何か言っていたか?」

「おお、我が王、それはいい質問だ。暫く俺と我が王はお休みだ」

「え? それでいいの」

「いや、むしろ退屈だぞ。人間軍の勢力に見つかってはならないんだ」


 なるほど理解した。調査隊ごときに姿を晒してはいけないということか。

 敵の貴重で優秀な戦力を不意討ちで消し去る。その隙を待つのか。


「察しがいいな。というわけで2週間は暇になる。たっぷり特訓できるな」

「うへえ、聞きたくなかった」

「ノボル様、ノボル様に死なれたらすべてが消し飛ぶんですよ」


 ローザリンデにも怒られてしまった。

 一升かずます強いからなあ。弱い奴に慣れてもそれはそれで命とりであることはわかっていても、なかなか強くなっている実感が得られないのは辛い。


「はっはっは。まあ今日は休みの日だから、羽を伸ばしておくがよい。鼻の下でもいいがな?」

「まあ、一升かずます殿はお上手ね」

「え?」


 ローザリンデに抱きつかれて、そのまま家に連行されてしまった。

 これは祝祭が始まるまで、家から出られそうにないな。

 しかし、それから夜まではあっという間だった。


「そろそろ準備しないとな。ローザ、起きて」

「ふぇ」

「祭りが始まるから、準備するよ」

「はっ、寝過ぎちゃった」


 ばたばたと忙しい日だ。でもどうにか間に合ったな。

 祭りはあの日ローザに案内された集会所だ。

 あの時は逃げ出した場所だったけど、こんな形で戻って来るとは思わなかった。


「ええ、お集りの皆様、今宵はめでたい日となりました。歴史的ひになることでしょう。この森はまだ死なな……ああ、そうだな。乾杯‼」

「「「「「「乾杯」」」」」」」


 トレント達はビールを飲んでいる。常温でもちょうどよくも寝るのは、春先の肌寒さのゆえなのか。

 俺は相変わらずリンゴジュースを飲んでいるのだが、となりでメープルシロップを舐めている奴のせいで香りがよく分からない。

 というか日本のリンゴジュースはリンゴ自体が甘く作られていることもあって、こっちのリンゴジュースはあんまり甘くない。


一升かずます、シロップくれ」

「おお、我が王もイケる口か」

「ああ、こっちに来る前はジュースに入れることは無かったけどな」

「おい待て、それは甘すぎやしないか」

「足りない」

「はっはっは。まさか我が王が某以上の甘党とはな。ほれドバっと」


 甘い。やはりリンゴジュースはこうでなければ。


「はあ、ノボル様ぁ、飲んでますかあ」

「ローザ、顔真っ赤だぞ」

「いやいや、飲みすぎてないれすよぉ」

「飲みすぎてないか?」


 乾杯からそこまで時間が経ってないよね。

 なんでこんな風になってるの?


「そんなことより、私の酒が飲めねえってんですかあ?」

「いくらなんでも酔っ払いが過ぎる」


 そこへロイドがやってきた。


「すまないね。ローザと私の飲み物で取り違えがあったようでな」

「あ、ロイド、お疲れ様です」

「いやいや、君こそお疲れ様だよ。こんなに楽しいのは何年ぶりだろうか。とても晴れやかな気持ちになれる」

「ロイドは何を呑んでるの?」

「私かい? 私はブランデーだね。厳密にはアップルブランデーか。この年になるとアルコールの回りも遅くなって仕方がない。鈍麻というやつだね」

「なるほど、ローザが酔っぱらっているのは初めて見ますが、そりゃそうなりますね」


 ほんのり覚えがある程度だが、ブランデーって蒸留酒だよな。度数が高いはずだ。


「彼女はシードルだったはずなんだが、ぐいっといってしまったようだ」

「ははは。これは保護しないとダメですね」

「手間をかけるね」

「いえ、こちらこそ」


 周りを見れば若いトレントたちがなにやら楽し気に踊っている。

 一升かずますもどこからか取り出した扇で舞を披露し始めた。

 なんだか混沌としているが、楽しいからまあいっか。

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