第10話 殲滅戦

「さて、人目も集められた。我らは、拠点の後背に回り込んで、追い込んでいく」


 後背? 人間領に近いほうってことか。火事と俺たちで挟み撃ちするんだな。


「森に逃げる者は無視しておけ。夜の森を逃げ切れる者はおらぬよ」

「殲滅が目的じゃなかったの?」

「ああ、じゃが我らがやる必要は無い。聞こえるだろう、血に飢えた獣の遠吠えが」


 アオーンというオオカミの遠吠えがこだまする。

 人間からみれば踏んだり蹴ったりだと思うが、オオカミを退けるための聖域から追い出されるのだから、当然の帰結か。


「彼らも繁殖期で餌が欲しいだろうからのう」


 舞台は二手に分かれて、俺と一升かずます、トレント3人で、家に残った人々を蹂躙していく。

 消火騒ぎで悲鳴が聞かれることもない。静かに目撃者の抹消を行っていく。怪我をしたために戦えない者であろうと等しく。


「本当にこいつも殺すのか?」

「ああ。剣をとるだけが戦ではないぞ。我が王の容姿、某の出現、それらを知られぬことも戦いのうちだからの」

「……分かった」


 俺はその戦えない者の前で、一升かずますに太刀を渡された。


「初陣じゃからの、おぬしも切っておけ」


 一升かずますの言葉には有無を言わさない威厳があった。

 重苦しい気分だ。


「躊躇うか、無理もない。しかし、成し遂げねばならぬ。よろしい、ならばこうしよう」


 そういうと、一升かずますは目の前の男を蹴り上げた。


「グほあ!」

一升かずます⁉」

「我が王が切らぬと言うなら、某が痛めつけよう。戦場でさっさと殺してやるのもまた慈悲じゃからな」

「ぐぼべ」


 再び鳩尾を蹴った。


「分かった。分かったよ。切るから、どいてくれ」


 手が震える。もう後戻りできない。あの日の夜、俺は決断したじゃないか。

 さらに、この作戦に参加した時点で、俺はもう修羅の道に入っている。

 今さら後戻りなどできない。


「はあ、はあ、どりゃ!」


 思い出せ、こいつらは俺を奴隷化したんだぞ!

 意を決して大上段に構える。

 助げで、という声が聞こえたが、無視して叩き斬った。


「はあ、はあ、はあ」

「よくやった我が王。それでこそ戦士よ」

「ああ、もう戻れないな」

「ああ、そうじゃな」


 そこにトレント3人組がやってきた。


「報告。人間はすべて殺しました」

「ちゃんと腹部を刺しています。じきに死ぬでしょう。オオカミの方が先かもしれませんが」

「そうかよくやった。では、帰還するぞ」


 一升かずますの指揮下、撤退を開始した。

 道に転がった死体を踏み越えて、再び炭焼き小屋に戻ってきた。

 小屋はまだ燃えていた。


「さて、これを消火しておわりじゃな【戦技:夕立】」

「その太刀、本当に夕立を降らせるんだな」

「ああ、別に夕に限らない。雨を呼び、水を操る妖刀じゃのう」


 雨が強く降り始めた、小屋の上空だけ降りが強いのが不自然だった。


「おおう、これが音に聞く『憂断ゆうだち』ですか」

「この目で見ることが叶うのは光栄であります」


 トレント達の間では伝説になっているみたいだ。

 ということは人間軍の間にも話だけは聞いたことがある者いるかもしれないな。


「人間どもにこの凶報が齎される頃には、この不自然な雨の痕跡も残るまいて」


 火は完全に消えていた。

 血の匂いを嗅ぎつけたのかオオカミの声も近づいてきている。

 彼らのとっては予想外のボーナスだろう。死因の特定も難しくなっていくはずだ。


「さて、では帰ろう。我らの本拠地に」


 来る時とは違って、一升かずますは太刀を抜いたまま行軍した。


「ん? 気になるか? この妖刀は気配が強すぎてな、鞘の内に収まっていないと、禽獣虫魚の類が寄り付かなくなるんじゃ。よっぽど禍々しいんじゃのう」

「そんな便利な効果があるのか」

「まあ、便利と言えばそうじゃが、狩りや釣りには向くまいて。一長一短とはこのことじゃな」


 あっはっはと笑った。

 なお、帰り道にクマと出くわしたために、これを切り捨てている。

 本当に獣除け効果があるのかは、少し妖しくなってしまった。

 しかし、それもまた妖刀か。

 俺たちが拠点に戻る頃には、深夜も頂を回ったところだった。

 良く体を拭いてからロイドに報告をする。


「戻ったぞ」

「うむうむ、戻ったかみな無事なようでなによりじゃ」

「「「はっ」」」


 トレント3人衆は元気だな。


「ノボルくんも戦士の顔になってくれたようじゃの。本来は喜ぶべきことではないのだが、今後も血は流れることになる。その血が君の者でないことを願っているよ」

「はい。がんばります」


 なんとかこれだけは言えた。


「さて、ローザリンデも心配していたから、今日はもう帰りなさい。あ、一升かずます殿は残っていただきますぞ」

「ええ……、これもせんかたなしか」


 一升かずますだけ残して解散となった。

 急いで家に戻る。


「ただいま」

「ノボル様⁉ おかえりなさい。帰られたのですね。良かった」


 いきなり抱きついてきた。

 顔には涙が光っていた。


「良かった……。戻ってきた……」

「ああ、今日は別に大した作戦でもないし、泣くほどのことじゃないさ」


 本当は泣きたかったのはこっちだったんだけど、先に泣かれるとそれどころじゃなさそうだ。


「ま、今日はもう遅いから、早く寝ようじゃないか」

「……はい」


 俺の初陣はこうして終わった。

 今日のベッドルームの薔薇の香りは、いつもより少し強かった。

 そのおかげか、すぐに死んだように眠りに落ちていけた。

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