第9話 夜襲

 森の朝が早いのは、夜も早いゆえである。

 まだ薄暗いが俺は水浴びをしに外に出た。


「おう、我が王、今宵、夜討ちに行くぞ」

「夜討ち?」

「これからロイドに話すが、我が王、某、トレント3人くらいで行こうと思う」

「少なくない?」


 どこに行くのか分からないが、人数があまりに少ない気がするのだが……。


「む? そんな顔ををするな。そもそも敵の拠点は手薄になっている」

「なんでそれを知ってるんだ?」

「某の琥珀蟲籠こはくちゅうろうはロイドが持っていたじゃろう。それで戦況は把握できておる」


 時間感覚が無くなるんじゃなかったか?

 そんな顔を見て取ったのだろう。一升かずますはにやりと笑った。


「ずっと眠りっぱなしも、たまに飽きることがあってな。そのときに聞き耳を立てるのが唯一の娯楽よ」

「ぷふっ」


 今の間は何だったのか。貴重な時間を返してほしかった。

 思わず拭いてしまったあたり、一升かずますは笑いの間も掴んでいるな。


「そういうことだからあまり激しく訓練をするな。軽くでいいし、昼寝をしておけ」

「分かった」

「それと、出発は夕刻だ」


 大きく頷いて了解を示す。

 この辺りの軍事的な機微は知る由もない。ロイドと一升かずますに任せた方がいいだろう。

 回避動作の確認をしたりして時間を潰しているうちに、招集がかかった。


「おお、ノボルくん、今日が初陣じゃな。気負うことは無い。生きて帰ってくればよい」


 そう言うとロイドが作戦説明を始めた。


「まず本作戦は、敵の警戒度を上げることを目的に行う。今人間軍はこの森に軍事的脅威は無いと認識しておる。だから木こり・炭焼きくらいしか前線にはいない」


 そうか、俺を奴隷化したのも確かに正規軍ぽい感じの人じゃなかった。

 肉体はごりごりに鍛えられていたけど。


「それは1年前から我々が温存戦略を採り、衝突を避けたのが原因だ。今回は再び人間軍に脅威を与え、森林伐採のコストを上げさせる、ついでに最も叩くべき戦闘力を引きずり出すことの端緒とする」


 なるほどね。正規軍がいなかったのは、民間人でも対処が可能なほどに安全だと思わせてたからか。

 トレント側の防衛の息が続かなかっただけという気もするが野暮だろう。


「条件としては、拠点の敵の殲滅だ。いかなる人間も残すな。特に一升かずます殿の存在はまだ知られてはならぬ。最前線の人間が全員死んだ、以上の情報を敵に渡してはならない」


 おおう。過激だ。でも喧嘩を売るならこれくらいしなくてはならないのか。

 世知辛いな。


「それと喧嘩を売ることが目的ではない。我々の関与の証拠も残すな。原因不明の全滅があった、という恐怖を与えればそれでよいぞ」


 違った。本当に森が安全圏でなくなったことを知らしめれば良いっぽい。

 これは血生臭くなるな。


「質問があるものは?」


 手は上がらなかった。

 このあと早めの夕食を取ってから、俺たちは出撃した。


一升かずます殿、敵拠点の戦力は20人ほどです」

「なるほどな。散らばってると取りこぼす可能性がある。まずは一か所におびき寄せるか」

「どうするんだ?」


 今回の5人の中で隊長は一升かずますだ。

 俺も含めて全員若手らしい。トレントの年齢は正直見た目では分からない。


「うん。簡単なことじゃ。人間も虫も変わらんからな。明るいところに寄ってくる」

「と、申しますと?」


 一升かずますの良くないところが出た。

 こういう局面でも間を大事にする。


「炭焼き小屋に火を放て」

「消火活動じゃねえか‼」


 思わず突っ込んでしまった。

 そりゃ人間なら寄ってくるわ。

 いかにもな火元だし、重要な施設なんだから。


「しかし、森に延焼しませんか?」


 トレントの一人が疑問を投げかける。

 当然の疑問だ。


「問題ない。某、水の魔術には心得がござる」


 初耳だが、隊長がそう言うならと、反対する者はいなくなった。


「じゃあ行くぞ」


 そう言って一升かずますは悠然と炭焼き小屋に入っていく。

 先陣を切っているのに、一切緊張を感じさせない。

 取るに足りない敵しかいないのかもしれないが、頼りになる陣頭指揮だ。


「なんだおま!」

「お静かに。うん、良い血だ。我が剣、『憂断ゆうだち』も喜んでおる」

「ぐむ」


 悲鳴が漏れないように口を覆う。

 見えなかった。抜刀も、切り捨ても。回避訓練なんて意味あったのか?

 血しぶきが飛び、壁と床を濡らした。


「我が王は初めてか」

「あ……ああ」

「まあそのうち慣れるじゃろう。いや、慣れてもらわねば困る」


 手はず通り、トレントたちは放火の準備をし始めた。

 一升かずますは周辺の警戒をしている。

 俺の仕事はない。不意の事故で失えば、一升かずますも失ってしまうからだ。


「うむ。にわかに騒がしくなってきたな」

「こいつ殺しちゃまずいやつだったのかな?」

 

 俺は人間の死体に慣れるために、第一死亡開拓民の顔を見ていた。

 目が離せなかったのも半分ある。

 しかし、実はこいつ重役だったか?


「まあ、問題あるまい。もっと大きな騒ぎを起こすのだから」

「完了しました」


 準備をしていた3人が戻ってきた。


「よし、では火を放て!」


 さっとたいまつを投げて、壁への延焼を確認。

 急いで小屋を出る。


一升かずます、あの小屋を焼き落とすのにあんなに準備が必要だったの?」

「だからこそだな。簡単に焼き落ちてしまうとほかの建物に延焼しないだろう。それでは奴らを焦らせることができないからだ。逆に森が焼け広がるのも困るしな」

「だからこそ我らにお声がけ頂いたのもあるでしょうね」


 このトレント達は火攻めの訓練も受けていたらしい。

 森で生活するトレントが火攻めってえげつない気もするが、そのえげつないことが必要になるほど追い込まれていたのもあるのだろう。

 夜の森には赤い炎が良く目立つ。人間たちがバタバタと集まり始めた。

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