第8話 効率的な特訓

「おはよう。今日も頼む」

「おう、我が王も壮健なる様子、ローザリンデ殿は名うての聖女とお見受けする」


 早速特訓を開始しようと思って外に出たら、一升かずますが待ち構えていた。

 ローザリンデが聖女と言われてピンとくるのに少し時間がかかったが、確かに体中の痣が半夜にして消えてるから聖女でいいのか。


「で、特訓に関して昨日思いついたんだけどさ、共鳴召喚で一升かずますの感覚送ってもらった方が早くない?」

「ぬう? どういう意味じゃ?」

「共鳴中は体の感覚が送られてくるんだろう? だったら一升かずますの回避方法を体で覚えた方が、良い気がするんだが」


 はて? という擬音語が頭から飛び出したような顔をする。


「そんなもったいない使い方できるか? でもおもしろそうだ。少しやってみよう」


 そう言うと一升かずますは下準備を始めた。


「まずもって下半身じゃな。ここだけにしよう。上半身は腕の数も違うから、あまり参考にならんじゃろう」

「意外だな。考えてから動くタイプには見えないが」

「よく言われるが、それじゃ戦いはできない。共鳴召喚の持続時間は短い。我が王の魔力が切れちまうし、その回復に時間がかかるなら打ち合った方が効果的だ」

「たしかに」

「どちらかと言えば普通の特訓を行うところだが、共鳴召喚の拡張という実験機会でもあるしな。どちらの方が潰しが効くか、は考えた方が良いじゃろう」


 そういうと一升かずますはなにやら地面に記し始めた。

 なんなら唸ってもいる。


「まあ共鳴するなら5秒程度か? 我が王、少し素振りでもしておいてくれ」

「分かった」


 確かに時間を無駄にしても仕方ない。

 指示に従って素振りを始める。


「うむ、確かに足腰の使い方が下手じゃな」

「すみません」

「よい続けてくれ」


 素振りのやり方は昨日教わった。

 縦横斜めの8方向に加えて突きの9通り。

 これを規則的に繰り返していく。


「剣に体重を乗せる。全身の力を一か所に集約する」

「……」


 昨日言われたことを復唱しながら動きを確立させていく。

 もっとも楽に剣を振え、もっとも強く振える姿勢を探していく。

 一升かずますは黙してこちらを見ている。少し怖い。


「うむ。方針は決まった。共鳴を始めるぞ」

「はい!」


 元気のよい返事が出た。こんなに通る声は卓球部時代以来かもしれない。


「いいか。重要なのは仙骨じゃ。ここをうまく使えないと怪我するでな」

「仙骨?」

「さよう。骨盤の真ん中じゃのう」

「うわ⁉」


 頭の中に一瞬、白骨の人体模型が浮かんだ。

 尾骨の上にある骨で、脚の付け根の骨を橋渡しする骨だ。


「骨盤をうまく使わないと理想的な回避はできない。上半身は避けても、脚に剣が当たるといったことが起きるでな」

「なるほど」

「というわけで、下半身の身体感覚を送り付けるので、受け取ってくれ」

「はい」


 来た⁉ 嘘だろ? 人間にそんな挙動ができるのか?

 と思ったが、可能ではあるのだろう。


「ぜえ、はあ。どうじゃ、何かつかめたか?」

「うん。掴めた。」

「それは重畳。しかし、某は少しつかれたの」


 ん? 体力おばけな落ちてない武者が疲れた?

 もしかして——


「やっぱり今の共鳴って一升かずますの負担で感覚を送ったのか」

「ああ、やってみるのは初めてじゃったがの。これでおぬしの体力も温存できよう」

「ありがとう。やってみるよ」


 すばらしい。まさかこんなこともできるなんて。

 ファンタジーを読んでいて召喚士って使い魔を呼ぶだけのジョブだと思っていたが、身体能力強化に役立つ能力だとは思わなかった。


「よっ!」

「違う⁉ 肉で動くな、骨に乗れ!」

「こうか!」

「地面は蹴るな、滑るように移動しろ」


 その後も動いては修正指示が飛ぶ。

 あれ? さっきの感覚を思い出せない? いや何が違うんだろう


「良くはなっているぞ。しかし武の道に王道は無い。地道な研鑽あるのみじゃ」

「王道が無かったら統べるように移動できないじゃんか」

「?」


 ずるくないか? 自分はダジャレを言う性分なのに、なんで気づかないんだよ。

 場の空気を凍り付かせてしまったじゃないか。


「あ、今の今の。今の動きだから」

「え? 地面は滑ってないぞ? 笑いが取れなかっただけで」

「いや、けっこうちゃんと滑れてたぞ。今まで一番キレが良い動きじゃ。プッ」

「なんと」


 これが怪我の功名か。偶然うまくいったらしい。軽口を叩いたせいで、力まなかったのかもしれない。でももうこじゃれたことは言わねえぞ。


「あ、また力んだな」

「ちっくしょう」

「はっはっは。もう一度感覚を送るかの。今度はそっちから取りに来てくれ」

「おうよ」


 えーと、共鳴共鳴と。

 一升かずますは⁉となった瞬間に回避動作を取る。


「うお、分かりやすい」

「む? さっきと同じ動きなんだが、もしかして取りに来てもらった方が、いいかもしれんな」

「いや、経験の差かも」

「そうか。それも含めて使っていかんとな。なにぶん某も共鳴を実用的に使うなど初めてじゃからのう」


 特訓は夜まで続いた。

 一升かずますの打ち込みに対して、いなしつつ避けていく訓練だ。

 ハナから相手を倒す戦力には組み込まれていない。

 とにかく生き残ること。それが蟲珀魔こはくま使いたる俺の仕事だった。


「うむ。今日はここまでじゃ」

「はあ、はあ。分かりました」

「まあ某が近くに居れば死ぬことは無い程度にはなったな」

「ありがとう、ございます」

「明日からは実戦的な訓練じゃから、今日はゆっくり休むのじゃ」

「ありがとう、ございました」


 一礼して特訓は終わった。

 その日は泥のように眠った。

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