第67話 束の間の休息
あれからどのくらい寝ていたのだろうか。
目の前にはローザリンデの寝顔が見える。
後ろではアルウィナの寝息が聞こえる。
首筋に当たって少しくすぐったい。
あれ? 俺は昼から寝始めていたのではなかったか?
違和感を覚えたのは光量。
夜にしては明るいぞ?
「もしかして、一日中寝てた?」
耳を澄ませば、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
夜明けか。
寝たのが昨日の昼だから、もう少しで一日寝るところだったのか。
うん。やはり疲れていたんだな。
「おはようございます。ノボル様」
「おはようローザ。起こしてしまったかな?」
「いえ、実はちょっと前に起きてました。昨日はついに目を覚まされなかったのでびっくりしたんですよ」
「ああ、奇遇だな。俺もびっくりしたところだ」
ローザリンデはふふふと笑った。
「さて、朝ご飯にしましょうか。アルウィナは……まだ寝ていますね。本当に
くさしてこそいるが、悪意はない。
夢の中でなにか食べているのか、甘い甘いとかいいながら口を動かしているアルウィナの額を撫でてから、ローザリンデは厨房に向かった。
なんだかんだ二人きりにすることが多かったが、かつてのような悪意を向けることは無くなってきたらしい。
それだけの夜は過ごして来たか。
俺も面白くなってきてアルウィナの鼻提灯をツンツンとつついてから、起きることにした。
爽やかな朝だ。
森の朝方は夏でも涼しいものだが、今日は朝日のせいか、より爽快だ。
厨房の方では竈に火が入ったのだろう、薪の燃える音と匂いがし始めた。
いつもの朝食と違ってローザリンデの「よいしょ。よいしょ」という声が時折聞こえてくるので、今日は少しボリュームのあるものを作ってくれるのだろう。
俺はこの隙にお茶でも淹れようかなと思ったが踏みとどまる。
ティ〇ールは存在しない。お湯を沸かすにも待たねばならない。
しかし、だからこそいい。
朝に忙しなく動き回らなくて良いと言うのは、なかなかQOL《クオリティ・オヴ・ライフ》が上がってくれる。
おそらく本人は自覚していないであろうローザリンデの鼻歌を聞きながらじっと朝食の完成を待つ。
こんなに素敵な時空が存在してよいのだろうか?
幸せをかみしめているうちに、厨房から芳しい香りが漂ってきた。
エルフたちが仕留めて解体し熟成させたシカ肉のベーコンに火が入ったのだろう。臭みを取るために香草も一緒に焼かれているのだろうか?
なんともいえない薫りが部屋の中に満ちてくる。
きっとこの薫りにも名前はあるのだろうが、寡聞にして知らない。
名づけるなら森のご馳走といったところだ。
我ながらセンスはない。
だが、俺の貧弱な語彙力ではこれ以外に形容しえなかった。
ボウと火勢が増した。
ローザリンデの魔術だ。薪の火が大きくなる。
火種がないと役に立たないが日用の火力調整にこそ真価を発揮する。
シカ肉をひっくり返して焦げ目をつけるのか?
はたまた別の料理なのか?
想像の翼は広がり、お腹はますます空いていく。
今はその空腹さえも愛おしい。これが愛って奴なんだろうか?
「おお、狩人の顔してますね、ご主人様」
「……おはようアル。そんな顔してたかな? けっこう満ち足りた顔してた気がするんだけど」
「え? 肉を早く食べたいって顔じゃなかったんですか?」
アルウィナにはそう見えたようだ。
いや、たしかにお腹は空いている。
しかし、分かってないな。来ることが分かっている悦びは予習しておいてこそ、噛みしめることができるんだ。
これは記憶からうま味を逃がさないための予行演習なのだ。
「あ、ローザリンデ様、代わりますよ」
「あら、じゃあお願いしましょうね。私はこっちを仕上げちゃうわね」
そんなやり取りが聞こえてきた。
小鳥たちのさえずりもどんどん大きくなってくる。
夜明けの空気はもうほとんど残っていない。
朝が来たのだ。
ん? この家って朝日こんなに差し込んできたか?
深い森の中にある一軒家だぞ?
ふとそんな疑問が過ぎったが、それは一瞬にして消え去った。
「はい、ごはんですよ」
待ちわびた。いや、待望のご飯がそこにある。
懐かしきキノコのスープ。分厚いベーコン。
食事にここまで意識を払ったのは久々か……。
「ふっふっふ。どう? ロイヤルローストベーコンよ」
そう言ってドヤ顔していた。
どうやらエルフの王族の最も重要な仕事の一つが、肉を焼いてそれを切り分けるという仕事らしいのだ。
慣れた手つきで分厚いベーコンにナイフを入れて切り分け、皿に盛りつけてくれた。
「美味そうだな。いただきます」
あー、良い。非常に良い。
こんな生活が続いたらいいんだけどなあ……。
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