第68話 怪しい訪問者

 久方ぶりの、のんびりした時間だった。

 朝食を食べたら散歩でもしようかなと思い立って外に出る。


 バン!


 あれ? 出るときは押し戸だったよな?

 なんかぶつかったぞ?


「痛!」


 聞き覚えの無い女性の声がした。

 不審者か? 


 そもそも女性の声で、言葉を喋るのはローザリンデ、アルウィナを含めたエルフ残留組の7人だ。女性のトレントにはまだ会ってない。


 あ、クィマームもか。


「痛!」


 我が王、失礼ですよ! と言わんばかりにテレパシーが飛んで来た。

 テレパシーって痛みも飛ばせるのか? 凄いな。


 でも考えてることをそのまま突っ込むと考えたら痛みを送れないわけないか。と言うことはクィマームのやつ、自分の腕を抓ったな?


「は! 違う!」


 今、問題にするべきは扉の前の不審者なのだ。

 声がするはずのない者の声があったことだ。


「クィマーム? なんか家の前にいるみたいで出れなかったんだが、このエリアへの侵入を許したとかありそう?」

「おはようございます陛下。それはあり得ないではないですが、眷属達の警戒網は一番厳しいはずですよ」

「一応確認だけど、今お前が扉の前にいるわけじゃないよな?」

「はい。巣穴の中ですね。事情は把握しました。部屋から出ないでください。エルフの侍女や眷属が気づかないと言うのは少し変ですが、念のため戦力を送ります」

「よろしく頼む」


 それだけ言ってテレパシーを終える。


「なあ、ローザ、アル、家から出ないでくれ」


 囁き声で警戒を促す。

 みんななんだかんだ戦場を生き抜いてきたんだな。


 俺が扉の異変に気付いてから、一言も発さなかった。

 その対応の慣れっぷりには頼もしささえ覚えるが、戦争の悲哀もまた感じられた。


 しばらくの間、沈黙が支配した。誰も何も話さなかった。

 静寂というものはあり得ないものであると分かる。


 トレント達の声が遠くで聞こえる。

 小鳥たちは相変わらずさえずっている。

 ただ、この家の内部でだけ音がしなくなった。


 文字通り飛んで来た眷属の羽音が聞こえ始めた。

 迅速な派遣だ。まずは2体か。


 地上型である蟻頭眷属も近づいてきてるな。

 地下道から接近してくるものもある。

 たちまち、我が家の包囲は完了した。


「わがお……、陛下、無事です。何者の気配も感じ取れません」

「そうか分かった。みんな警戒不要だ」


 そう家人に告げる。


「「「「はああ」」」」


 侍従を含む4人が一斉に息を吐く。

 無意識に止めていたのもあるだろう。新鮮な空気が欲しいな。

 窓を開けよう。


 と思ったら常駐眷属がすごすごと窓を開けてくれた。

 異変に気付けなくて申し訳ないと思っているのだろうか、ちょっと動きがぎこちない。


「いや、ありがとう。君がいて助かってるさ」


 声かけは忘れないようにしたいな。

 クィマームからテレパシーは無かった。


「では予定どおり、散歩に行ってくるね」


 不安にさせないように明るく言う。

 まあ実際は拠点をクィマームのいる地下に移した方がいいかもなあと思っている。


 正直、空からも森からも地下からも潜入しやすい家なのだ。

 居住性は抜群だ。日本でも軽井沢とかならあるのかな? ログハウスだし。


 でも立地といい防御力といい少し心許ないか。

 今までは一升かずますもいたし、人間も質の良い戦力を送ってこなかったし、油断できていたこともある。


 しかし、隠密特化の戦士が斬首部隊として送り込まれる可能性もあると、ちょっと不用心かもしれないな。


 その相談をしにいくか。

 だが、それはクィマームやロイドと直接会った方がいいだろう。


 とりあえずは、クィマームにテレパシーでその旨伝えて


「陛下、転居のことでお話が」


 考えることは同じだったか。

 これは地下に移住させられるかもな


「ああ、そっちに行く。ロイドとも話した方がいいだろうな」

「承知しました。手配します」


 手配、か。

 まあロイドはクィマームや一升かずますに呼ばれたら最優先で動いてくれるし、あながち間違ってないが、あの二人仲良すぎやしないか?


 コミュ障を代表し、「親しき仲にも礼儀あり」という箴言を送りたい。

 無用の長物だろうけれども。余計なお世話であろうとも。


「あー森の朝っていいなあ」


 何を言ってるんだろう。自分でも思った。

 しかし夜間戦闘が多く、それを見守ることも多かった。

 一升かずますの視界を借りれば、間近で戦闘を見るわけで、興奮が冷めやらなかったわけだ。


 つまり、朝寝坊と言うことですね。

 生活リズムがずれたりして、朝日の森を浴びながらお散歩ができるなんて久々なんだ。


 しかも、森の息吹を感じることを目的に歩いたのも久々とくれば心のうらも晴れ渡るというものだ。


 いや、待てよ。どうして光が届いているんだ?

 ここは地球で言えばヨーロッパの森。

 林冠が空を覆って太陽を隠してしまうのではなかったか?


 この事実に思い到ったとき、周りには誰も居なかった。

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