第69話 【白昼霧】
「おーい! 誰か! 誰かいないか?」
静寂が周囲を埋め尽くした。
聞こえる音は心臓の鼓動と血管を流れる血の潮騒。
木肌に当たっているはずの俺の声さえも聞こえてこない。
首筋に当たる木漏れ日だけが温かい。
だからこそ不気味だった。
「夢か? いや霧か?」
だんだんと辺りが白んでいく。有効視界が限られていく。
「うーん。不気味だ」
とりあえず人のいそうな方向に行くか。
ここからだとクィマームの巣に行くのがいいかな。
最悪滑り落ちるという期待だ。
といっても10㎝先は白。変だ。
方向感覚が失われてない。
明確にあっちがクィマームの方向だと言うことが分かる。
ん? テレパシーすればよくないか?
異変が濃すぎて気づかなかった。そうだよ。クィマームに救助要請だよ。
水属性魔術を使える眷属なら霧も払えるかもしれないしな。
そう思って送信してみた。……のだが、応答がない。
「「おーいクィマーム!」」
テレパシーと大声のダブルコミュニケーション。
しかし、何も起こらない。
「反応が無いな」
白い霧だけが目の前にあり、服が濡れると言うことも無かった。
「じゃあ夢か。くだらん。寝よ」
夢の中だしな。たまには地べたに横になってもいいだろう。
そう思って仰向けに寝る。
しかし、ぐっすり寝たと思っていたのだが、思ったより疲労が根深かったのだろうか?
などと考え事が堂々巡りしている。
「俺こんなに寝付き悪くなかったよな」
不思議だ。実に不思議だ。でもふと腑に落ちた。
「そうだ。俺、夢の中で寝たことないじゃん」
盲点だった。そもそも夢だと分かっている夢、明晰夢自体が初めてだ。
空を飛んだりしてみるか? それとも腕とか増やせるのかな?
気になりはした。でもまあ寝るか。はしゃいでいる場合ではない。
たしか明晰夢は寝付きが悪いときに見るんだよな。
ここでも落ち着いていた方がいいだろう。
「お休み」
白亜の空間に別れを告げる。まどろみの黒はすぐそこまで来ていた。
「……………………なぜだ」
夢枕に女性の声が聞こえる。厳密には夢夢枕か。
しかし、今は寝ることに専念しているのだ。
声には聞き覚えがないような気もするが、それもまた夢だ。
そう思ってそのまま寝る。
「参りました」
声が聞こえる。
この声の主は誰がモデルなんだろうか?
そもそも夢枕に立ってくれるほど親しい異性はいなかったからなあ。
そっと血を吐く。
さすが夢だ。心のダメージが体に反映されるのだろう。
しかし、であればなおさら寝て回復に努めるべきなのだ。
「いや、効いてる?」
zzZ
「……効いてないか」
聞こえてはいる。
しかしいい声だ。もしかしてアイドルとか声優の声なのだろうか?
おお! であれば夢に出てきてもおかしくない。疑問が氷解した。
もしかするとこれも地球を恋しがるホームシックなのかもな。
やっぱ日本ってなんだかんだ良かったなあ。
「ぐ、私を弄んだのですね」
なんかメンヘラにみたいなこと言い出したけど大丈夫か?
いや、そもそもだれに話しかけてるんだろう。
これ俺に話しかけてるんじゃなくて、他の人に話しかけてたりしない?
だったら嫌だなあ。
俺が呼ばれたかと思ったら、他の人が呼ばれていたの。
あれ気まずいんだよね。
「うぐ、ぐす、起きてください。話を聞いてください」
あ、泣き始めちゃった。でもなあ。目を開けるの怖いなあ。
これがじつは、女性の声しか聞こえていなくて、男性の声は聞こえていないだけだったらどうしよう。
つまり、最初から女性の声は俺に語りかけていたわけではなく、俺が男女の会話の一部を盗み聞きしていただけなんて状況は、とてもじゃないが恐ろしい。
ああ、これは現実逃避を決め込もう。
めっちゃ気まずいんだから。
話しかけたのはお前じゃねえよ、みたいな視線。
「うわああああああん」
ああ、彼氏さんも人が悪いな。泣かせちゃったよ。
声しか聴いてないけどきっといい彼女さんなんでしょ?
それをこんなに泣かせて。罪な男にもほどがあるぜ。
「この
うんうん自らを小悪魔と自称していくスタイルなのかな?
ずいぶん歪な関係を築くねえ。
……ん?
「
開眼したよね。独り言も漏れ出てるし。
そそくさと立って声の方向を見る。
「斬新な土下座だ」
凄い。体は土下座しているのに、顔は上を向いている。
目と目が合う。恋は生まれない。当たり前だ。土下座から生まれる恋があってたまるか。
しかし、よく見ると腕が多いじゃん。
ということはこいつは
「面をあげい」
一度言ってみたかった。幸い、意味は通じたみたいだ。
上体を起こすと顔が出てきた。
「顔が多い?」
だったら
でも、なんか
「君、名前は?」
眠るつもりだったせいか、ちょっと頭の働きが悪いな。
だがよく見れば綺麗な目をしている。
きっといいやつに違いない。
「はい、クラウディアと申します」
まっすぐな瞳でそう言う。
「この変な空間は君の仕業?」
「はい」
「じゃあ解いて」
「我にはできないンゴ」
「へ?」
「この【
「そっか。じゃあ戻って」
「いやあ、それが長らくこの体でサーフしてたので、ってえええええええ!」
なんだったんだこいつ。
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