第30話 淫獄は地獄の一種

 ああ、本格的に泣き出してしまった。

 クィマームのやつ、俺の頭がビジーになっていたときに、遠隔操作じみた真似をしやがった。


 自分は人の心が分かっていないということを、クィマームは意外と理解していないのかもしれない。

 まあ俺も苦手ではあるが。


「ローザ、今から抱くぞ」


 そう言えばローザリンデは既に何も持っていないのか。

 いや厳密には違うな。捨ててしまったんだ。

 俺を戦場に引きずり込むために。


 そう考えると、ローザリンデとアルウィナは似ている。

 どちらも自分の目的のために手段を選ばなかった。

 大事な「戦利品」だからな。大事にする。


 ローザリンデもそれを覚えているのか、かけらも抵抗はしなかった。

 媚薬を塗りたくった体は、感情も思考も快楽の濁流で押し流す。

 不健全だが今はそれでいい。

 

 時間にして30秒ほどしか経ってはいないけれども。

 本日最大の修羅場は終了した。


「クィマーム、アルウィナの体を拭いておいてくれるか?」


 今ならローザリンデに聞こえていない。

 少なくとも意味ある言葉としては聞こえていないか、愛のささやきとして聞こえているらしい。目をトロンとさせて体を震わせるばかりだ。


「え? 拭く? 眷属に嘗め回させましょうか?」

「お前まさか、自分の体はそれで洗ったことにしてるのか?」


 待て⁉ しっとりしたムードを吹っ飛ばさないでくれ‼


「ダメですか?」

「いいわけないだろう‼」

「そうですか。ではタオルと水を借ります。あ、香水もありますね。適当なのを見繕います」


 あれ、香水ってローザリンデが調合してたりする奴じゃないか?

 怒られそう。


「ダメですね。関係が修復不可能になりますね。香水は止めておきます」


 クィマームもさすがに頭が回ったみたいだ。


「この香水全部ローザリンデの匂いがしますから、自作ですもんね」


 鼻も利くらしい。

 でも偉いぞ。と思っていたら、壁の向こうから嬌声が聞こえ始めた。

 アルウィナも我慢の限界を超えたようだ。


「さて、じゃあ俺らもきれいにしてからだな」


 ローザの部屋着を脱がせて体を拭く。

 向こうでも悲鳴のような嬌声が響き始めた。


「我が王、こちらの準備は終わりました」


 しばらくして、クィマームが気絶したアルウィナを運んで来た。

 意外と腕力もあるのか4本の腕で肩と膝を抱えて運んでいる。


「おまえ、その運び方は悪意があるだろう?」

「? 生身のニンゲンの運び方には疎いものでして」


 クィマームはあろうことかアルウィナの前面をこちら側に向けていた。

 つまり、アルウィナの隠されるべきところは全て丸見えの状態である。

 磔と呼ぶにはあまりに淫靡な態勢だった。


「まったく、妾にこんな労働をさせる王は初めてですよ」

「……自分の王にこんな役回りを押し付ける蟲珀魔こはくまは言うことが違うな」

「では、このエルフはここに置いていきますので、死なせることのないようにお願いします」

「へえへえ。あ、そうだ眷属を2体こちらに回してくれるか?」

「……手を出したら怒りますよ?」

「出さねえよ」


 クィマームでも冗談を言うらしい。

 なんで恨みを抱いてる奴と抱かれてる奴を一つ屋根の下に押し込むのかさっぱりだ。ボディーガードは必要だろう。


 クィマームは御意と言って、家を出た。

 眷属がやってきたのはその後すぐだった。


 長い夜だった。

 誰だよハーレムが男の夢とか言ったやつ。

 一回ライオンのオスの生態確認した方がいいって、マジで。

 実に長い夜だった。


「おはようございます。我が王、誰にやられたんですか?」


 クィマームだ。俺の目覚めは眷属に聞いたのだろう。

 服を着て寝室から出る頃には家に居た。


「おはようクィマーム。直接的にはローザとアルだけど、究極的にはロイドと君だよね」


 生気のない笑みを見せつける。


「はて? なんのことやら」


 クィマームはすっとぼけている。


「それで、アルの毒はいつ消えるんだ?」


 ローザリンデの媚薬は純粋に感度を上げるもので、薬効自体は消えていも脳がイイ場所を覚えてしまっているだけだ。

 だから薬が残っているわけではない。


 一方でアルウィナの方は、ずっと疼きが止まらないような様相を呈していた。


「一晩では消えないでしょうね」

「そもそも解毒薬あるのか?」

「解毒とは厳密に言えないでしょうが、夜を重ねればいずれ消えます」


 この場合の「夜を重ねる」とは、単なる時間経過を意味しているわけではなさそうだ。

 あれ、読み覚えあるぞ。


「なあ、蜂のなかには産卵に専念させるためにあえて女王蜂を弱らせる毒を撃ち込む種類がいると聞いたんだが?」

「おや、お詳しいですね。ただ少し違います。あれは家畜を発情させるために開発した毒です」

「ん? それはつまり数を増やしやすくするため?」

「そうですね。これは失敗作ですが」

「というと?」

「子どもではなくて生殖行動を求めるようになるだけだったんです」


 あ、なんとなくだがクィマームの目がキラキラし始めた。

 巣に篭って眷属召喚といっても、空き時間がかなりあるはずだ。召喚にはクールタイムがあるが、拘束時間は短いからだ。

 その合間に何をしているかと思えば、研究をしてたのか。


「それをアルウィナに打ち込みました」

「とすると解毒の方法は?」

「まあ、子作りですね。感度の上昇は副作用に過ぎませんから、きちんと完全な……」

「ああ、分かった分かった。皆まで言うな。つまり、しばらくはあのままなんだな」


 ああ、俺の地獄はしばらく続きそうだな。

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