第29話 エマージェンシーモード

 正直、アルウィナの土下座は見るに堪えない。

 あれはやりなれている人間のポーズではない。

 不要な力が入っているし、外形も美しくない。


 しかも、頭を強く地面にこすりつけたせいで、息できなくなってるんじゃないか?

 しかし、気合か、下げた頭を上げることは無かった。


おもてを上げよ」


 クィマームが命じた。

 アルウィナは頭を上げなかった。

 クィマームは髪を掴んで無理やり立たせた。

 しかし、アルウィナはうめき声一つ出さずされるがままだった。


「天晴な心意気じゃ。気に入った。我が王の奴隷になることを許す」


 そういうとクィマームは跳び上がった。

 飛び上がったのではなく、跳んだのだ。

 ルックス的には飛んだ方が違和感は無いのだけど、アルウィナの首元までスカートの裾が来て、首筋に一刺し。


「おい、クィマーム!」


 そこに針あったのか⁉ という驚きと何をしとるんじゃこいつは? という怒りと呆れが同時に来てしまった。

 クィマームはよほど跳び方が上手いのだろう。スカートの中身が見えるような隙は無かった。

 見たかったわけじゃないよ。怖いだろ。


「我が王、ご心配には及びませぬ。ただの媚毒ですゆえ」


 いや、問題しかなくない?

 致死毒じゃないからセーフとはならないでしょう。


「戦闘に向かないエルフなぞ見目の麗しさくらいしか使い道がないわ」


 普通、怒号とか飛ぶところだと思うんだけど、みんなクィマームがぶっ飛びすぎて、頭が追いついてきてない。

 なんかハチャメチャなやつが仕切ってるくらいの展開になってしまった。


 ああ⁉ 戦闘に向かないエルフとか煽って志願させようとしてるのか。

 ちょっと暴力的すぎない?


「ゥぁ、はぁ」


 アルウィナは苦しそうに息をし始めた。

 さっきまで息を止めてたのもあるだろうが、頬も赤くなっている。

 自分の足で立てなくなっているのか、クィマームにもたれかかっている。


「足りぬと言ったのは、贖罪の対価。率直に言って今のエルフに王を頂く資格などないわ。しかし、妾はこれで手打ちにする。ロイドには捕虜を殺すなと言われておるのでな」


 言いたいことだけ言いきったよ、クィマームのやつ。

 まだ全員ぽかんとしているけど。


「我が王、これの処遇はお任せします」

「え? 要らないです」


 あ、思わず本音出ちゃった。

 だってこの状態のアルウィナを抱えて家に帰ってみなよ。

 ローザリンデがガチギレするじゃん。


「それはそれで構いませぬ。このままでは媚毒が抜けることは無いので、このエルフは記念碑にしてもいいですね。癒えることの無い渇きに身を焦がし続け、自民族の過ちを心に刻み続ける。実に王族らしい振舞いです」


 いくらなんでも非道が過ぎないかな。

 ……俺に対しても。


「はあ、わかったよ。もらっていく。ただしクィマーム、お前も来いよ」

「え?」

「当たり前だろ。ローザを先に相手する間、誰がエルフの女王を押さえつけておくんだ」

「……御意。あれ? 予想していた流れとは異なりますね。まあいいです。ロイド、あとは頼みました」

「はああああ、了解した。ではエルフ諸君、とりあえずこの国のルールについて確認しようじゃないか」


 小難しい点は丸投げすることにした。

 いや、どう考えても最大の難所は俺が担当してるんだよなあ。

 修羅場だー。


 いつもは遠く感じる集会所からログハウスまでの道のりが今日はとって近くに感じた。

 職住接近のアットホームな町だよまったく。


「ただいま」

「失礼します。ほら、奴隷、あなたも挨拶なさい」

「はひ……」


 もう意識飛びかけてないか?


「毒強すぎたんじゃないか?」

「おかしいですね。まさか生娘だったとか?」


 おかしい、ローザリンデの気配がない。

 てっきりここにいると思ったのだが、どこに行ったんだろう。


「おかえりなさいませ。ノボル様」


 すっごく他人行儀な雰囲気。

 戦利品にしてみろよと煽られていた時の方が仲が良かった気がする。

 クィマームが即席で作ったドレスというかワンピースはそのままか。


「ただいま」

「結局、奴隷はそのエルフだけですか」

「ただのエルフじゃない。女王だそうだ」

「え⁉」


 王女と女王で反応って変わるものなんだ。

 そりゃそうかとも思いつつ、やっぱり王政はピンと来ない。

 これも人類平等教育の成果なのだろう。

 全部将棋で言う歩にしか見えない。


「じゃあ、先王はニンゲンに?」

「ああ。そのはずだ。」


 聞いてはきたが、ふーんと言う感じ。

 でも内心「ざまあみろ」って思ってる顔だな。コレは。


「で、今からその尻軽女を抱くわけですね?」

「まあ、そうなる」


 こういうところでクィマームの陰謀だからとか言うのは悪手である。

 俺の使い魔なんだからその責任は当然俺にあるしな。


「胸も頭も軽いですよ。見事な土下座でした」


 あのうクィマームさん。口が悪いのどうにかなりませんか?

 本当に女王をやってるんですかあなたは?

 ここ最近、蟲珀魔こはくまの新しい顔をよく見ている気がする。

 絆が深まっている、と解釈してよいものだろうか?


「……私に選択肢はないんですか?」


 あ、ローザリンデの涙だ。

 思考がフリーズす……。エマージェンシーモードに移行。

 クィマームが再起動を行います。


「ない。復讐でも八つ当たりでも、それはニンゲンに行え」 

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