第17話 夜の鳥

 アオーン。オオカミの遠吠えが聞こえる。

 しまった。寝落ちしたようだ。

 周囲を見回すと、夜。星明りのうるさい夜だ。

 月はなく、ただ星明りだけがある。


「こんなに眩しいことあるか?」


 トレント達の拠点にも夜間照明くらいあった。

 ここにはもう星以外の光源がないらしい。

 星々の小さな明かりでも、木々の緑が見分けられそうだった。

 

「待て? 緑?」


 この沼地は瘴気に侵されて、木々の緑から大地まで黒かったはずなのだが、緑色になっている?

 瘴気が消えたのか?


「おう、我が王、お目覚めか?」

「おはよう一升かずます。今は?」

「夜だ」


 おそらくきりりとした表情で発されたであろう声。

 良く響くな。しかしそれは分かってる。


「じゃなくて、なにしてるの?」

「む、思ったより明るいからの夜襲対策じゃ」

「空を見ているのが気になるんだけど」

「む? だからカラス対策じゃよ」

「待って、カラスって夜飛ばないよね」

「ここは瘴気の森じゃ。どんな変貌を遂げているか分からん」

「そこまで考えていたのか。さすがだ。」


 瘴気は恐ろしいな。生物を変容させてしまう。

 そもそも鳥の目はすごく高性能だったはずだ。

 人間は色を3種類の細胞で識別するが、鳥は4~5種類持っている。

 その代わりに動いているものしか認識できなかったり、明るさが足りないとうまく機能しなかったりと制約があるものなのだが、魔獣化・魔物化はその制約を取っ払いかねないのか。


「いや、某もまったく想像が及ばなくてな、既に5羽ほど切り捨てておるよ」

「え? 想定してたわけじゃないの?」

「いや、寝ている我らを攻撃しようとしてきたときはびっくりしたわい」

「……」

「どうした、我が王、元気が無いぞ」

「……いや、尊敬して損したなと思っただけ」

「はっはっは、戦場なんぞそんなものよ。最初からすべてを見通すことなどできたら苦労はせん。何もなくたってこちらのやりたいことをやり尽くせるとは限らんのだ。敵が居れば猶更じゃ」


 まあ、その手の経験は信用しているけれども……。

 勝手に持ち上げたハードルなので何も言うまい。


「ところでさ、切り殺したカラスが琥珀蟲籠こはくちゅうろうの持ち主だった場合、捜索って難しくなるかな?」

「ああ、それはもう分からん。少なくとも切り殺した奴から琥珀蟲籠こはくちゅうろうの残滓は確認できなんだ」

「あ、残滓があるのね。なら、残滓を確認できた個体は殺さずに泳がせた方がいいかな?」

「……ああ、ああ、確かにそうじゃな。」


 おっと一升かずますが険し気な雰囲気を出している。


「しかし、我が王にあの怪鳥の初撃が躱せるかのう?」

「え? そんなにやばいの?」

「普通の槍の挙動だが、対空近接戦闘なんてしたことないじゃろう?」


 たしかに日本じゃ聞かないワードだ。

 軍事用語であったとしても、対空で近接で槍で突き合うなんて意味にはならないだろう。


「それは考えないことにしよう。生き残る可能性は下げるべきでないな」

「そうじゃな、ほれ、また来たぞ。そんなに美味そうなのかのう?」


 星海を黒い影が横切って飛んで来る。

 翼を広げると6mくらいか。でかい。

 シルエットの鉤爪は先端だけキラリと光った気がした。


「ほいっと」

「え? 一升かずます、太刀は投げたら駄目じゃないか?」


 懸念したとおり、その怪鳥はひらりと躱した。

 当たらない。太刀は怪鳥を外れて飛んでいく。


「よっと」

「ワイヤー?」


 一升かずますが手元の紐を引いた。太刀が引き戻されて、軌道上にあった怪鳥の首は斬り落とされた。


「ああ、太刀はそもそも馬上戦闘用の剣じゃからな。柄頭に紐を通す金具があるのじゃ。今回はそれを有効活用させてもらった」


 一升かずますの手元に戻ってきた『憂断ゆうだち』をよく見るとたしかに柄頭に環状の金具がついている。

 これストラップみたいに引っかけるための物だったんだな。


「これで6羽めじゃな? 焼いて食べるか?」

「鳥はちょっとな」


 鳥インフル以外にもとんでもないウイルスを抱えていたりするはずだ。

 鴨とかもけっこうヤバいんじゃなかったっけ?


「今ので食欲も無くなったし」

「そうか、まあ、今宵は某が見ておくから、もうひと眠りせい。明日も長いでな」

「分かった」


 けっこう疲れがたまっていたのだろう。

 一升かずますと怪鳥の戦いを見て高ぶっていたはずの神経も、横になるとすぐに寝静まってしまった。


「で、戦果を拡大したわけだね?」

「ああ、大漁じゃな? 鳥でも大漁と言うのかは知らんが」


 目が覚めると辺りは一面血の海になっている。

 オオカミたちにもおすそわけする形にもなっているな。

 屍肉ならくれてやるということだったのだろう。遠くに放り投げられたものはだいぶ食い荒らされていた。


「しかし、これカラスか?」

「え? カラスじゃろう。こんなに黒いぞ」

「いや、色はカラスっぽいんだけど、形がフクロウっぽくない?」


 朝日の下で見てみると、カラスっぽさがないのだ。


「そうなのか? しかしフクロウとは『不黒』じゃから、これはカラスではないのか?」

「え? 『不Crow』だからカラスではないのさ。冗談はともかくとして、顔の形がなんとなく梟っぽいね」


 俺もだいぶ一升かずますに染まっちゃったなあ。

 冗談を交えながらも出発の準備をした。

 この鳥たちがどんな鳥であるかは些末なことだ。


 琥珀蟲籠こはくちゅうろうの気配は無かったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る