第5話 初めての蟲珀魔《こはくま》

「ああ、ノボル君。なんと言ったらいいか。その、本当にいいのか?」

「はい。覚悟は決まりました」

「いや、ローザリンデを抱いたことは別で考えてくれよ」


 翌朝、俺はロイドに呼び出された。服はローザリンデが用意してくれていたものを着ている。

 ロイドに昨夜の一件を怒られるのかと思ったら、どうやら違うらしい。


「ローザリンデはアルラウネ。その囁きは人を惑わせる。つまり私が気にしているのは、君の意思決定が彼女によって歪められたのではないか、ということだ」

「いえ、たとえ囁きがあったのだとしても、自分の意志です。逃げ回っているだけの自分には、本当は嫌気がさしていたんです」

「うーん、いや戦いを避けることも重要なのだが、しかし、君の眼には洗脳の痕跡は見て取れないし。ぬう、ぬかったのう」

「何がですか?」

「心優しい者を戦士にするのは簡単と言ってしまったことじゃよ。彼女は君に自身を征服させることで、勝利の美酒の味を教え込もうとしたのではないかね?」

「その狙いはあったんじゃないでしょうか。でも、分かった上で乗りました。何より彼女の覚悟は本物だと思いました」


 性欲に負けた部分は否めない。

 しかし、彼女の覚悟と行動力に惹かれたこともまた事実だ。

 俺もああなりたいと思った。


「うーん。覚悟か。あまりその言葉は好かんな。若い時分にその手の言葉に惹かれるのは分からんでもないが、彼女の場合は捨て鉢が過ぎるというものだ。自己犠牲に慣れすぎて、大切なものまで放り投げないでくれ。君も森の戦士であるなら、我が子のようなものなのだから」


 寄らば大樹の陰と言う言葉は、このトレントを元に生まれた言葉ではないか?

 こんなに立派な人格者で軍事的リーダーが務まるのだろうかと思っていたが、逆だ。この人のためなら死んでもいいと思わせる何かがロイドにはある。

 本人はそれを嫌ってそうなのが皮肉だ。


「分かりました。すみません、朝からお騒がせして」

「はっはっは。厳密に言えば昨夜からだね。ローザリンデの声が絶叫が聞こえたから駆けつけたら、トレントの若い衆が私を阻んできたんだ。まったく私の枝葉も短くなったものだよ」

「お騒がせしました」


 深々と頭を下げて謝罪する。

 これは「大樹の陰」みたいな諺はありそうだな。


「まあ、若い二人だから別に目くじらは立てないさ。そもそも我らトレントには発情期があるからねえ。性道徳など共有も強要もできないさ。まあ、私はもう枯れてしまったがねえ」

「ははは」


 愛想笑いでごまかしておく。


「じゃあ、これで話は終わりだ。ローザは、まだ起きないか、じゃあ寝かせておきなさい」


 そう言うとロイドは幹のうろから琥珀を取り出した。


「これが蟲珀魔こはくまを封じた琥珀蟲籠こはくちゅうろうだ。」

「封じた?」

「ああ、蟲珀魔こはくまは存在は環境への負荷が大きくてな。気候さえも変動させてしまう場合がある。負荷を最小化するために、自身が不要になったときにはこの琥珀蟲籠こはくちゅうろうに引きこもり、眠りにつくのだ」

「ロイドは直に見たことがあるんでしたか?」

「昔な。そのときの蟲珀魔こはくま使いはエルフだったが、街に行ったきり戻らなかったよ」


 ロイドからしんみりとした雰囲気が出た。


「はあやれやれ、年輪が増えると昔話が増えるな。さて、ノボル君、召喚してみい」

「はい」


 ロイドから受け取る。大きさはぎりぎり片手で持てるくらいの大きさだ。

 正直こんな大きさで大丈夫か?と思う。

 奴隷の首輪を外した時と同じ力のイメージをすればよいかな?


「えい! うわ⁉」


 琥珀蟲籠こはくちゅうろうが黄金の輝きを放つ。

 光以外が見えない。眩しいと言うことしかわからない。

 見覚えがあるなと思ったら、召喚されたときだ。あれに近い。


「むふん、呼んだか我が君よ」

「あ、なんか力抜ける」

「おっとロイド君大丈夫か?」


 ロイドに支えてもらうことで、どうにか蟲珀魔こはくまとご対面できた。

 めっちゃ和。和服じゃなくて甲冑武者。黒の字に金の意匠が所々入っている。象徴的なのは兜だ。伊達政宗の三日月みたいな兜をしていた。向こうは横長な印象を受けるが、こちらは縦長だ。


「おお、こたびの主ももやしっ子よのう。しかし、先代よりは将来性があるか。鍛え方次第だな」


 第一声がこれだ。しかし文句は言えない。俺がひょろがりなのはあるが、なにより奴が一振り太刀をいているからだ。

 打刀と違って、太刀は刃が下を向く。見分け方はこれくらいしか知らないが、おおきい刀と書くだけあって、長い。


「お久しぶりですな、一升かずます殿」

「むう? そなたはジョージか? 変わらんのう?」

「いえ、私はロイド。ジョージの孫に当たります」

「ほう、そんなに眠っておったのか。琥珀蟲籠こはくちゅうろうはいかんな、時間感覚が無くなる。するとジョージはもう……」

「ええ、土に還りました」

「そうだったか。あやつめの指揮はなかなかどうしていい線を行っていたのだぞ、それがしが強すぎたゆえに、破綻することもしばしばあったがのう」

「そうでしたか、それで祖父は悪態をついていたのですね」


 昔話が盛り上がっているが、それは俺がしゃべれないからだ。

 やべえ、すげえ目が回る。


「む? このもやし、寝ておらぬか?」

「あれ、本当だ」


 寝てはいないが目が開いてない。あれ? 俺なんで世界が見えているんだ?

 というか、この視界にはロイドと俺が写っているじゃないか? なんでだ?


「ああ、分かったぞ。こやつ、共鳴召喚という最高位の召喚術を使いおった。その反動じゃろうて。これは行く末が見物じゃのう」

「共鳴召喚? なんですかそれは?」

「いわゆる『蟲の知らせ』というやつじゃ。某の見聞きする世界をそのまま見聞きできる」

「なんと」

「が、これは消費魔力が大きいからそうそう使うものでもないし、もやしの魔力でできるとも思えんのだが、摩訶不思議よのう」

「そうだったのですか。では、寝所まで運びましょう」

「む、ご老体、無理はなさるな、我が君ゆえ某が運ぼう」


 そうして俺はあのベッドに運ばれた。ローザリンデはまだ寝ていた。

 ん? それよりこいつ腕が4本ないか? 人間離れした構造こそしているが、手指は人間のそれと同じだった。

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