第6話 回避訓練

「あ、起こしてしまいました?」

「ん? ああローザか。おはよう」

「おはようございます」


 ローザリンデも目を覚ましたようだ。昨夜のことが思い出されるのか、頬を赤らめていた。

 あれ? 俺はなんでここにいるんだ? たしかロイドと?


「あれ⁉ 俺は召喚に失敗したのか?」

「いや、成功しておるぞ」


 寝室にぬっと顔を出した一升かずます。完全に気配が無かった。


「きゃ!」

「ぬう? すまない。驚かせた」


 気絶した俺を運んでくれたかのは一升かずますだったはずだから、ローザリンデが裸なのは知っていたのでは?


「そうかおぬし服を着る種族だったか。ああ思い出した、アルラウネだな。小生意気なエルフも服を着ておったわ。すまぬ、失念しておった」


 一升かずますは素早い身のこなしで部屋を出ていった。

 ?で頭が埋め尽くされた。あの甲冑、服じゃないのか?

 思えばロイドも服は着てないか。


「ノボル様? 今のは、もしかして」

「ああ。蟲珀魔こはくまだ。一升かずますというらしいが、俺もまだよく知らないんだ」

「え⁉ では参戦してくれるんですね。やったー」

「うわ、ローザ、裸で抱き着かないで」

「嫌ですー。やったー! ああ、嬉しい。ありがとうございます‼」


 全裸で抱き着かれるのはさすがに刺激が強かった。いい香りがして柔らかいな。

 なんならここにずっといたいが、ここは我慢。

 現在の状況を聞きに、ログハウスの暖炉のある部屋に行く。


「おう、我が王。お目覚めかい。その様子だと共鳴効果は消えてるっぽいな?」

「うん。目を閉じても君の視界は見えないな」

「うん、よし。なら良かった。共鳴召喚は感覚を共有できることと距離制限がなくなる極めて高度な召喚術なんだ。距離を無視する、虫だけにな」


 うん。こいつの中身が親父であることは理解した。

 なんか歯がキラリと光るドヤ顔が幻視されたけど、そもそもお面をしているから見えない。

 鎧の見本に付いていそうな黒い仮面を付けている。


「でもいきなり共鳴召喚を決めるなんて只者じゃねえな。おぬし才能あるぜ」


 我が王だったりおぬしだったり安定しないが、おぬし呼びの方が素なんだろう。

 昨晩からローザリンデが敬語になって落ち着かなかったので、良しとしよう。


「普通は通常の召喚に失敗するところからスタートするんだからよ。もやしなのは改善した方がいいが、素質は十分だ。じゃ、通常の召喚もやってみようぜ」


 そういうと黄金の光が満ちて琥珀蟲籠こはくちゅうろうの中に入ってしまった。


「話がとんとん拍子で進むな」

「おう、我が王、ぼさっとしてねえで、さっさと呼んでくれや」


 声が聞こえた。といってもこれテレパシーみたいなやつか。

 空気の震えは無かった気がする。


「ええと、こうかな?」

「おう、上出来じゃねえか。今度は共鳴してねえ。一応俺の方からでも拒絶しておこうかと思ったんだが、杞憂だったな」


 再び光る。毎回この光強いのちょっと嫌だな。目に悪い。

 暗くできないかおいおい試していこう。

 一升かずますは上機嫌にがっはっはと笑った


「よおし、我が王も寝起きだろう、それじゃあさっそく回避訓練といこうか?」

「へ? 回避訓練?」

「あたぼうよ、我々蟲珀魔こはくまの最大の弱点は我が王だからな」

「……たしかに、そうか」

「お、察しがいいな。あんた戦いを知らないだろうに。でも、その勘はあってる。我が王が死ねば蟲珀魔こはくま全員琥珀蟲籠こはくちゅうろう行きさ」


 琥珀蟲籠こはくちゅうろうを豚箱みたいに言うなこいつ。


「いや、琥珀蟲籠こはくちゅうろうの中も悪くはねえ。時間は経たない、練度も落ちない、飯も要らない。いいこと尽くしだが、戦いが無い。退屈だぜえ」

「そうか、まあ快適ならいいが」

「よくねえよ我が王。俺の生きがいなのさ。酒の無い人生を想像できるか? 樹液の無い人生など、生きる意味が無いだろ。俺にとっちゃ戦いは酒よ。糖蜜なのよ」


 「戦いは避けよ」の精神で生きてきた俺とは相いれないな。

 だからこそ頼もしくはある。

 それはそれとして——


「お酒は20歳になってからだし」


 18歳だから、選挙権もゲットしたし、行動可能範囲も増えた。

 さりとて酒はだめだろう。


「ああ、別に酒は好き好んで飲むもんじゃねえ。俺は甘党だから酒は好かん」

「いや、明らかに酒飲みのセリフだったじゃん。どこに気をまわしてるんだ」

「がっはっは。いやあ、からかい甲斐のある王で嬉しいね。いっぱいやろうぜ、この辺りだと楓かな」

「樹液じゃねえか!」


 もしかして関西人か? 飽きもせずに球を投げてくる。

 ツッコミのスキルが上がっていく予感がした。けっこう突っ込んだな。

 漫才もどきに満足したのか、一升かずますはすっくと立ちあがった。


「さて、じゃあ、始めるか」


 両手を剣に見立てて交差のジェスチャー。

 模擬戦ということだな。


「お願いします」


 そうして俺の特訓は、始まった。


「痛ってええ」

「甘い。剣を見るな、身体全体を見ろ。体が動くから剣が動くんだ。剣を見てたら遅れるだろうが」

「はい」


 くそ。開始10分、体中が痣だらけだ。

 鈍い痛みが全身を支配する。


「おっと、もう限界かな。よし我が王よく頑張った。今日はアルラウネの姉ちゃんに頼んで、その傷直してもらえよ」

「は、はい」


 この木刀はロイドに借りたんだったか、それを杖にしてどうにか家に帰った。

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