琥珀ではなく蟲珀です ~異世界に召喚されて召喚士になったけど、召喚蟲が奔放で困る~
戦徒 常時
冬の終わり
第1話 本の虫は教訓を得る
図書館はいい。人と喋らなくていいし、話しかけられることも稀だ。
万が一絡まれたところで、周りの人間が目くじらを立てて追い払ってくれる。
これが今日までに俺が得た教訓だった。
本棚で眩しいほどに光る本を目にしたら、直ちにその場を離れること。
これが今日、俺の得た教訓だ。でも、もう役立つ瞬間は訪れないだろう。
「うわ、真っ暗だ。失明してないよな? だんだん見えてきた。暗順応を待つか」
強い光を見ると目が使えなくなるが、しばらく待てば見えるようになる。
これが暗順応なわけだが、なぜ図書館にいた俺がこんなことになっているのか?
「やっぱりあの本が原因だよな」
学校の放課後、暇つぶしに読む本を探していたときのことだった。
高校にもなると、学校図書館の蔵書も馬鹿にできないが、やはり市や県営の蔵書量は魅力的だ。市内県内の蔵書を取り寄せてくれたりもする。
俺は部活にもいかず、学校近くの図書館で本を探していたのだ。
青春? そんなものは新歓オリエンテーションで諦めた。俺には無理だった。
以来、ずっと一人で本を読んでばかりだ。
「まさに君子危うきに近寄らず、だったな」
本が眩しい光を放っているのを見た時、火事になると思ってとっさに手に取った。
それくらい強力な光に見えた。
「転移の罠だなんて思わないじゃん。普通は」
もちろん半分冗談で言っている。冗談みたいな劣悪な状況では、ユーモアを失ってはならない。
これは俺が人生を通じて得てきた教訓だった。
孤独には慣れていた。もはや孤独に痛痒を感じることはない。
孤独を笑い飛ばしてページを開く。そんな事態には慣れ切っていた。
「しかし、この状況は孤立だよな。孤独なんてチャチなものではないな」
森。圧倒的森。しかも、植生からすると高緯度地域にありがちな森だ。
木々の葉が層を形成しており、太陽が弱い。暗順応にも時間を要するはずだ。
日の高さからするとまだ昼だというのに、夕暮れ時の哀愁を覚えてしまう。
「ここ日本じゃないよな。携帯も圏外だし」
国際色豊かな生活をしていないから、俺のスマホは海外だと電波が通じないのだが、たとえ海外であったとしてもここまで深い森だと電波も通じないだろう。
だから圏外という事実だけでは異世界なのか外国なのか判断はできない。
「いや、困ったな。ジャージだと薄寒いぞ」
季節は4月の下旬だった。18歳の春。
ジャージでの登下校は認められていたからジャージだったが、ここは少し寒い。
いや、そもそも転移前提で生活などしていないから、あまり嘆いても意味が無い。
「これ誰かに呼ばれたパターンじゃないのかな? 状況を整理しよう」
まずあの現象は自然現象ではないはずだということ。
これは希望的観測の域を出ないが、あの現象が誰かの意図によって引き起こされたものと考えないと、このような現象が人類共通の経験として広く蓄積されていないとおかしい。
壁画、遺跡、古文書にこのような経験があったと残されているはずなのだ。
「神話だってもっとラノベみたいな展開が増えているはずだもんな」
つまるところ、これは別世界の誰かが日本の住人を呼びつけたパターンが考えられるわけだ。
仮説を立てたなら検証あるのみだ。
何もしなければ生存率が低くなることだけは確かなのだから。
「おーい、誰かいませんかぁ?」
ありったけの声で叫ぶ。いや、叫んだつもりだった。
こだまは帰ってこなかった。
「あれ、思ったより声が出ないな。やっぱり卓球続けておくべきだったかな」
中学時代は卓球部だったので、一応声出しはそこそこやっていたんだ。
体育館に声が良く響いていたのだが、声も筋肉だな。衰えてしまったようだ。
私を呼んだ誰かが居るならば、近くにいるはずだと思ったのだが、違ったか?
「誰かいませんかぁ?」
これはこだまではない。
俺の声2回目だ。やはり反応が無い。のぞみも絶たれつつある。
いや、絶望の中にあってもひかりを失ってはいけない。3度目の正直だ!
がさがさ⁉
俺の後ろの茂みが揺れた。
「ビンゴだ⁉」
喜び勇んで振り返ると、大きさ1mくらいのハチがいた。
ぴたっと空中で静止するかのようなホバリングだ。
普通こういうのは体が小さい方が上手くできるはずなのだが、揺れを感じさせない。
「け、けっこうなお点前で」
飛行技術の高さをほめておこう。素直にそう思った。
そうすれば命くらいは助けてくれると思った。
ヴヴヴヴヴヴ。巨大ハチは俺に向かって飛んで来た
「やべえ、間違えた。沈黙が正解か!」
いちかばちか逃げ出そうとした。もちろん転んだ。
でもその瞬間に女性の声がした。
「伏せて!」
もう伏せていた。既に転んでいたから。
そう、この状況を読んでいたのだ、ということに今からでもならないものか。
女性は鞭のようなもの振ってハチを両断した。
「ひょえ⁉」
間抜けな悲鳴を上げてしまったが、目の前に巨大ハチの頭が転がったのだから仕方ない。
「間に合った。近くでよかった」
その女性は息を弾ませながらそう言った。
ロングの赤髪と赤い瞳が特徴的なだった。
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