第15話 再びの声

「【戦技:水飛沫】」


 これで5度目となる。つまり4里≒16㎞ほど進んだ計算になる。地平線の彼方にギリギリ森の黒が見える。

 いや、やっぱり瘴気の靄かもしれない。


「さて、また行くかの」

「しかし、そのペースでぶっ放して太刀は持つのか? 水が切れたりしないの?」

「ん? 『憂断ゆうだち』は水気のある物を切れば切るほど水を吸っていく妖刀じゃ。心配には及ばない」

「ああ、だからウッドチップがいやに乾燥していたのか」


 得心した。最初は水を玉突き事故させる過程で電子レンジの要領で加熱し、蒸発するのだと思っていたが、その割に厚くないので不思議には思っていた。


「うむ、では進むぞ」


 瘴気の森も深さを増すほどに瘴気はより濃く、漆黒になっていく。

 10㎞ほど入ったあたりから、もう魔獣しか見かけない。

 普通の動物は見当たらなかった


「あれが猛栗鼠モーリス火射婆ビーバーか」

「うむ。特に火射婆ビーバーは火を操るくせに水耐性も持ち合わせておるから厄介極まりないのじゃ。数も合わせて考えれば魔熊マグマの方がかわいいくらいじゃ」


 さすがにそれは一升かずますだけなんじゃないだろうか?

 先ほどから「毛皮! 毛皮!」と喜色満面で出合い頭に首を刎ねてる。

 おかげで俺の荷物が増えているのだが、お構いなしだ。


「ローザリンデにコートを贈りたくないのか?」


 で釣られる俺にも問題はあるんだろうけど。


「それにしても『憂断ゆうだち』が血も吸ってしまうなんて驚きだったよ」

「ああ、それには某も驚いたぞ。今までそんな異能を示したことなど無かったからのう」

「え? 蟲珀魔こはくま使いの力と連動してるのか?」

「ほほう、おぬし自分の力量に己惚れておるな。そこまでは分からんし、結論を出すのは早計じゃ。なにより己の力の過信は禁物じゃぞ」

「はーい」


 しかし、気分がいい。高揚していると言った方がいいかもしれない。

 だってトンデモファンタジー動物をたくさん見られるのだ。

 おとぎ話の世界に迷い込んだみたいじゃないか。

 冷静に考えればトレントの時点でファンタジーしていたはずだが、俺はかなり慣れてしまったようだ。


「……ちらです。……我が……こち」


 何か聞こえた。


一升かずます、今何か聞こえたか?」

「いや、某には何も? あやつからの交信か?」

「うん。なんとなくそれっぽい。こっちから呼ばれている気がする」

「……我が王、こちらです」


 今度ははっきりと聞こえた。


一升かずます、ビンゴだ。こっち!」

「おう、だがその前にだ。【戦技:水飛沫】」


 轟音とともに木々をなぎ倒していく。

 今までは進行方向に沿って真っすぐに切り拓いていたが、今回は今まで来た道から45度ほど右にずれた形だ。


「おい、うっかり巻き込んだらどうするんだ?」

「大丈夫だ琥珀蟲籠こはくちゅうろうは某の斬撃程度ではびくともせん。そういう代物だ」

「そっか」


 今回できたウッドチップは今までのよりも黒いものが所々あった。

 瘴気を強く吸った木なのだろう。

 今まで以上に強力な魔獣に警戒しながら俺たちは進んだ。


「……我が……我が王……」

「また聞こえた。でもさっきよりも弱まってるか?」

「弱まってる? 方向を間違えたのではないか?」

「いや、確かにこっちだったのだが?」

「まあ某にはてんで聞こえぬのでな、任せる。が、嫌な予感がするな」

「……我が、王……」

「こっちだ!」

「ああ、こら。そちらはまだ薙ぎ払っておらぬ」


 木々をかき分けていくと、広場に出た。


「ここは……沼地?」

「まったく世話をかけなさる御仁だ。しかし、こんなところにカラスなどいるか?」

「こっちから声が聞こえたはずなんだけど」

「のう、我が王、一ついいか?」

「なに?」

「最初に声を聴いたとき、それは音だったか?」

「え? いやどうだろう。ちょっと分からないな」

「そうか。では質問を変えよう。最初の声に方向はあったか?」


 何を聞いているんだろう? と思った。

 こっちの方向に来てくれと頼まれているんだから来るのは当然なのに。


「いや、なかったよ。それより前に進もう。こっちだって」

「待て!」


 がっと強く肩を掴まれた。


「なんだよ、早くこっちに」

「たわけ! 我らがこちらの方向に向かったのはオオカラスの住むところだから方向を決めたのだろう。声の方向に向かって歩いて来たのではない!」

「え? だけどこっちから呼ばれてるならこっちじゃ⁉」

「危ない! 底なし沼じゃな」


 一歩踏み出したところがもう足が付かなかった。

 森の脅威は魔物だけではない。地形も一つ間違うと命とりだ。


「あ、一升かずます。お前もかかってるぞ」

「ああ、嵌められたな」

「嵌められた? って誰に?」

「アルラウネじゃ」


 何を言ってるんだろう? アルラウネはもうローザリンデしか残っていない……あ。

 周りを見回すと木々が動いていた。底なし沼をものともせずに進み、包囲網を狭めてくる。体はほとんど枯れているのか、水より軽いのだろう。


「そうか、この森に逃れたトレントとアルラウネは魔物になっちゃうんだっけ」

「さよう。某も気づくのが遅れた。理性を失おうがアルラウネは囁きの悪魔。花は枯れても人や虫をたぶらかすことくらい、訳無いようじゃ」


 周囲には300くらいのトレント。

 そして沼からひと際巨大なトレントが現れた。

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