第14話 樹液の魅力

 黒い樹液に引き寄せられたのは俺たちだけではなかったらしい。


「グンマアアアアアアア!」

「キュイキュイキュイ!」

「ピュルロロロロロロ!」


 クマ、蜂、シカが一堂に会していた。

 もちろん、全員魔獣化しているのだろう。

 およそ前の世界にはいないと断言できるルックスをしていた。


「ほほう。魔熊マグマ砲蜂ホウホウ鹿遠ロクオンか」


 一升かずますは知っているらしい。

 魔熊マグマはまあ普通にヒグマくらいのサイズだ。つまりデカい。

 鹿遠ロクオンも普通にヘラジカサイズだ。つまりデカい。

 砲蜂ホウホウも地上15㎝くらいを滞空しているので、他2体と同じくらいの大きさになっている。つまりデカかった。


「知っているのか? 一升かずます?」

「ああ、主には危険な魔物よな」


 曰く、

 魔熊マグマは炎の獣。フィジカル自体が脅威だが、火まで吐く。

 砲蜂ホウホウは毒針の代わりに鉄針を射出する。太さは3尺くらい。そりゃ確かに砲だ。

 鹿遠ロクオンは角から電撃を放つ。そしてこの中では一番重い。


「なあ、戦闘を避けてさっさとずらかるというのはどうだろうか? 俺らの目的は樹液じゃないし」


 魔物3体は俺たちのことは眼中に無いらしい。

 それぞれが警戒しあいつつもじりじりと間合いを詰めていた。

 問題なのは、彼らの描く円の中心に俺たちがいるということだ。

 いさかい巻き込まれるのは避けたい。


「いや、ダメだな。こいつらは我らを敵だと思ってはいなそうだけれども」

「だったら姿勢を低くしてずらかろうよ」

「いや、それは悪手だ」


 なんでだ? という俺の表情を察して一升かずますは付け加えた。


「こいつら、原則肉食なんだよ」


 魔熊マグマはいい。砲蜂ホウホウも分かるスズメバチは肉食だし。ただし鹿遠ロクオン、お前はダメだ!

 どう考えても草食獣じゃねえか。なんだその角は?

 狩りにでも使うのか?


「この中じゃ鹿遠ロクオンが一番厄介だ。電撃は軌道が読めねえ」


 狩りに使えそうだった!


「狙うなら魔熊マグマだ。来い!」


 一升かずますの一声により、火ぶたは切って落とされた。

 一升かずますが刹那の抜刀、居合切り。【戦技:水飛沫】の一点突破バージョンか?

 魔熊マグマが後方に弾け飛んだ。

 吐きかけていた火炎弾は渦を巻いて散っていく。

 よく見ると血煙も肉片も時計回りの螺旋を描いていた。


「我が王、某を蜂の盾にしろ!」


 砲蜂ホウホウの射線に入るなと言うことだろう。

 砲蜂ホウホウは音に驚き、尾部をこちらに向けていた。

 針が飛び出すはずの尾部にはそれらしきものが無く、10㎝弱の空洞がまるで深淵みたいにこちらを覗き込んでいた。


 ズドン! 砲声が轟いた。


「【戦技:水月】」


 同時に一升かずますは4本腕で横に薙ぐ。

 【戦技:水飛沫】で飛ばした時とは真逆。

 三日月状の水刃が砲蜂ホウホウ鹿遠ロクオンと俺たちの間に線を引くが、三日月の弧は俺たちの方に向いている。

 それはまるで砲蜂ホウホウ鹿遠ロクオンを優美な湾曲の内側へと追い込んでいるかのようだった。


 水の三日月は砲弾を滑らせて、鹿遠ロクオンの胴へと導いた。

 青い電撃が水刃の上を走ったのもほとんど同時だった。

 水刃の切っ先は砲蜂ホウホウに向いている。

 俺たちを狙った電撃はそのまま砲蜂ホウホウへと駆け抜けた。


「うむ、両者相討ちじゃな」


 砲蜂ホウホウは電撃に射貫かれ、頭胸腹が散逸し、鹿遠ロクオンの胴も消し飛んでいた。

 頭部は辛うじて残ったので、ログハウスの暖炉の上の壁に飾れそうだ。

 いや、さすがに血生臭すぎるか……。


「……電撃は軌道が読めないんじゃなかったか?」

「だから読んでないぞ。導いただけじゃ」

「焦ったじゃん」

「がっはっは。まあ勝てば官軍よ」

「こちらが賊軍みたいなこと言うなよ。俺たち正規軍なんだからさ」

「悪い悪い。じゃが、わしの腕も少しは信用したかの?」

「ああ、やっぱりお前はバケモンだったわ」


 素人目にはなるが、一番火力がなさそうなのは一升かずますだったんだよな(当然、怪獣じゃないので俺は除いている)。

 一升かずますの身長がそこまで高くないのもそう見える要因か。

 俺より2㎝くらい上だから、そこまで大柄なわけでもない。もちろん兜の飾りの高さは除いているが、それでも170㎝には届いていそうだな。

 ……くそ、羨ましい。


 にもかかわらず。自分より身長も体重もありそうな魔獣を一蹴してしまった。逆に言えば一升かずますなしで攻略できない人類軍てどんな化け物揃いなんだろうか?


「我が王、我が王、ぼさっとするな」


 ん? 

 見れば目の前で一升かずます鹿遠ロクオンの角を剥いでいるところだった。


「ああ、それ持っていくのか?」

「ああ、貴重な素材になるからの。ただちょっと切り落としにくいから端っこ持っててくれ」

「こんな悠長でいいのか? また蜜に釣られてやってこないか?」


 一応作業は手伝いながらもたしなめる。

 思えば黒い樹液から脱線しかしていないのだ。


「問題あるまい。戦闘が一瞬で終わったということは、圧倒的強者がいた証拠じゃからな。漁夫の利を得ようなどとは思わんよ。むしろ、3体の魔獣を瞬殺する強者がいると察して辺りから逃げ出すじゃろうて」


 一升かずますの言う通り、森は以前よりも静かになっていた。

 遠くを飛ぶ鳥の羽ばたきが聞こえそうなほどだった。


「さて、では先に進むか。あ、その前にもう一口じゃな」

「俺ももうちょっと飲む」


 黒い樹液はたしかにやみつきになる味わいをしていた。

 とくに、命の危険を退けた後の一匙は格別だったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る