第63話 火ぶたと火ばち
1週間が経った。
また、上空からの偵察によると、スルマーレ王国中央からも軍隊が送られてきたようで、トレーヴィ市には物々しい雰囲気が流れているらしいとのこと。
よそ者が大勢入ってくる。
それも軍隊となると、トラブルも増えるのだろう。
まあ、全部踏みつぶすんだけどね。
「我が王、用意は整いました」
「そうか、ではやってくれ」
何の意味もない開戦の号令を、空しく下して戦いの火ぶたを切る。
攻撃決行の日程は
そこから逆算した眷属の解凍、配置をはじめとした諸準備はクィマームが取り仕切った。
やっぱり中止と言えば止まるが、止める意味もない。
現状、人類側から呼びかけはない。
エルザと呼ばれた魔法使いが、話の出来る虫であるということは伝えているはずだ。
降伏の必要が無いと考えているのか、それとも降伏できない事情があるのか。
いや、相手は負けるとも思ってないだろうし、まさか都市の地下がすでに我々が掌握してるとも思ってないのだった。
「では、始めます」
眷属将の目を借りて、事態を見守ることにする。
今回は夜陰に紛れて飛んでいるようだ。
眼下にはトレーヴィ市街が広がる。
石造りの街だが、月の無い夜だというのに明るい。
火魔法か光魔法か、あるいは両方使っているのか、街灯が立ち並ぶ不夜城。光害という言葉はきっとまだできていないのだろう。
弱弱しい星明りでもなく、気まぐれな月明かりでもなく、人類の英知である火で以て夜の闇を切り拓くという気概を感じた。
オオカミの彷徨う暗黒の森ではなく、理性と文明の光の照らす都市に住むのだという誇りさえもあるのだろう。
そんな威容だった。
爆音。
下水の蓋が飛び上がった。ところまでは見えた。
刹那にして光の城は夜の闇に包まれた。
「クィマーム? すさまじい爆発だったがどうやったんだ? 眷属の火力にしてはでかすぎるような気がするのだが?」
破壊規模がでかすぎる気がする。たくさん爆薬を仕掛けてぎりぎりで都市を支えていた支柱を崩すと言う話ではなかったか?
「
「火鉢? それはもっとこうじんわり遠赤外線で焼くみたいな調理器具のことか?」
「あ、いえいえ、普通に火属性の特殊な蜂頭眷属ですよ」
「そんな火力の眷属がいたならもっと早く使ってもよかったんじゃないのか? いや……」
嫌な予感がする。
それはクィマームへの信頼でもある。
「おや、察しがいいですね。この眷属は自爆特化ですね。全身が爆発魔法陣ですから、余すところなくエネルギーを使えますからね」
「また悪趣味なものを」
特攻眷属ってことじゃねえか。
なんでこうもえげつない兵器を使うんだ?
「事前に説明しなかったことはお詫びしますが、知ったら止めましたでしょう?」
「……よくご存じで」
そういうことをするやつだからなあ。
「
「?
クィマームは俺の
しかし、俺は反面、
たしかにあいつなら命を賭けるのではなく捨てる作戦でも、「天晴」とか言って送り出してもおかしくはない。
「なんで爆薬を使う作戦にしなかったんだ?」
「そうですね。一発の威力が凄まじい爆弾を自在に地中に隠せるほうが脅威としては大きいと思いまして」
「でも、敵方はそれに気づけるのか?」
「気づけますとも。眷属将は現在飛行中なのでピンと来ないと思いますが、爆発は1回しかなかったことはさすがに気づけると思いますよ」
うーん。やはり悪質だ。
敵方の認知能力に合わせて、より恐怖と脅威が伝わる方式を選んだと言うことだ。
「それに眷属に爆薬を作らせるより、妾が自爆専用眷属を殖産した方が効率も良いですからね」
これはご飯の話でもあったらしい。それを言われると厳しい。
クィマームは残酷な作戦でも平気で採るが、全てが合理的なのだ。
無駄に残虐な方式はとらない。
口減らしも兼ねて無意味でも突撃させようとかやらないだけ、まだマシなハズなのだ。
そう考えると元の世界の軍隊って……いや、今はここに集中しよう。
眷属将の見ている光景に目を移す。
光源を失った黒い都市は轟音を上げながら滑り落ちていく。
落下幅は、予定では4m。
姿勢によっては死人もでるような落下幅だが、これだけゆっくりおちていくならさすがにそこまで被害はでないかな?
そして、都市の外縁ぴったりに地面をくりぬいてしまった眷属の土木技術の高さが分かる。街が水平を維持したまま落ちていくってどんな掘り方をしたというのか。
「うん、計画とおりですね。後は敵の出方を窺いましょうか」
そうだな。この事態にどう動くのかということも重要な情報だ。
トレーヴィ市のアゲオ市長はやり手らしいが、お手並み拝見といこう。
街の明かりが復旧しないので良く見えないので眷属が【火炎槍】を照明代わりに放り込んでいくと、トレーヴィ市は巨大な火鉢にも見えた。
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