第62話 トレーヴィ市攻略戦に向けて

 攻勢は一度止めた。

 せっかく街を丸ごと陥没させ、城壁機能を損なわせる予定だ。

 トレーヴィ市にはたくさん人間が入ってくれた方がお得なのだそう。


 一升かずますと眷属将にはわずかな眷属だけ残して、最前線に残ってもらい、周辺の農村に圧力をかけてもらう。

 ただそれでは賄いきれなくなるだろう大量の眷属は冷凍庫で保管中だ。


 この冷凍庫、移動させることが可能だったみたいで、森の地下ではなく、トレーヴィ市と森の中心のちょうど真ん中くらいの位置に設置したらしい。


 創っていたことさえ知らなかったので、当然実物を見たことは無いのだが、クィマームが送ってくれた脳内イメージからすると、室温自体が物理的に低い蝋人形館みたいな感じだ。


 つまり、めっちゃ寒いはずだ。二重の意味で。

 何百という眷属が身じろぎ一つせずに、犇めいているのだ。

 そりゃあ怖いだろう。


 それもこれも食糧問題。

 エルフ遠征部隊が帰って来てもおかしくない頃合いということで、完成を急がせたらしい。


「でも、いまここで地盤沈下作戦という手の内を晒していいのか?」


 話はトレーヴィ市攻略戦だ。

 クィマームは事前相談なしに準備を進めちゃうから、いつも突飛なのだ。


 頼んだことは完遂したうえで、頼んでないことも完遂してしまう当たりがクィマームの恐ろしくも頼もしい点だな。

 これも勝手に作戦のバリエーションが増えてしまった結果なのだ。


「ええ、良いのです。敵の都市を落とす際に厄介なのは城壁、中でもやはり防空機能なんですね」

「防空?」


 今まで空を飛べる蜂頭眷属が倒されたなんて話は聞かないのだが?


「魔法にしろ矢にしろ、今の人類の兵器は性能が向上していると見るべきですからね、今回はおいそれと空を取れないでしょう」


 なるほど制空権というやつか。

 もっとも制空権という言葉はあまり意味が無いらしい。

 制空権を取ることができないからだ。

 それが取れるのは米軍くらいなもので、航空優勢というらしいが……


「城壁との連絡が難しくなれば、魔法にせよ矢にせよ、補充がしづらくなりますから、城壁機能を落とすことができるのです」


 都市の位置を丸ごと下に落としておいて、その結果が反映されるのが落とされることなく取り残される城壁と言うのは皮肉なものだ。


 城壁はあるだけで厄介であると思っていたが、いや実際厄介ではあるけれども、十全な機能を果たせなくする意図もあったとは。


「あとは今後を見据えてですかね。敵に地下への警戒を強いるというのも重要です」

「あれ? でもそれをやられると今後作戦がやりにくくなるんじゃないの? むしろ歓迎できない事態だと思うけど?」

「いえ、それでいいんです。ニンゲンも馬鹿じゃありませんから、貴重な魔術師を、しかも【土石槍】を投射できそうな地属性魔術師を、防空ではなく対地中警戒に割いてくれるならそれだけでもいいのです」


 ははーん、なるほどね。

 ここでは地下攻撃で狩っておいて、次は空から攻めると。


「魔法が使えるて飛べる眷属からすれば【火炎槍】や【流水槍】であればあまり脅威にならないんですが、【土石槍】は文字通り重いのです。それがあまり飛んでこないのであれば、こちらが有利ですわ」


 ううん、これは名将なのかもしれないな。

 戦いは戦闘が始まるから始まっているのか。

 ただ、それもこれもクィマームの持っている手段の種類と数があってこそと考えると、やはり戦いは数なのだ。


「分かった。そこだけがもやもやしていたんだ。都市をまるごと陥没させるなんて大技をこんな序盤に使って大丈夫なのかってね」

「ふふふ。さすが我が王そこを憂慮できるとはやはり将軍の才がありますね。普通は目の前の敵にしか注力しませんから」

「なるほどね。それでせっかく大技を使うなら、敵のダメージも増やしたいから、農民の避難が完了するのを待っているんだね」


「ええ、そのとおりです。一升かずますが暴れたりないからとか言うと思ったのですが、すんなり飲んでくれて助かりました」

「ははは。どこかで活躍の場を用意してやらないとね」

「ええ、上質な樹液も集めておきましょう」


 作戦会議は終わった。

 今のところすることがない。

 やはり、慣れない。


 戦争中ってずっと戦争中だと思ってた。

 というのは、毎日空襲警報が鳴るし、防空壕に避難するし、気を抜く暇が無いみたいなイメージがあったけど、それはやはり太平洋戦争が特殊な戦争だったのだろう。


「しかし、違和感は凄い。平時だと勘違いしそうだ」


 旧軍の将軍は緊張感が無く料亭三昧だったみたいなことを言われていたが、正直その気持ちも分かってしまう。


 蟲珀魔こはくまとのテレパシーが無ければ、敵の振う刃の冷たい煌めきも、魔法の爆炎の焦熱も感じ取ることはできなかった。

 なにより人が目の前で死んでいくという凄惨な現場を目撃することもできないのだから。


 でも、俺はどこまで平気でいられるのだろうか?

 それとも既に、正気ではなかったりするのだろうか?


「どうしたんですか? ご主人様?」


 ローザリンデの瞳に写る俺は、何も変わっていないようにも見えた。

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