第57話 東奔西走作戦:西⑥

 一升かずますからのフィードバックを再度諮る。


「現場判断としては、トレーヴィ市侵攻前に周辺の村や町は食べておきたいとのことで、それは森の食糧事情を考えるとやむを得ないのでは、とのことでした」


 うーん、と唸るロイドとクィマーム。

 さきに口を開いたのはクィマームだった。


「補給の点からはあまり採用したくないですね」


 というのも無理はない。今まではまっすぐに進んでいれば良かった。

 地下を進めると言うのはかなり強い点で、ニンゲンは視力に頼る生き物なので地下道を高速で移動したり戦ったりということは難しい。

 つまり俺たちだけが使える道路ということになる。


 しかし、魔法等で爆破されて寸断されると、主に輸送を担うことになっている白兵戦特化眷属では対処できないため、補給が滞ることは必至。


 しかも、今までは敵拠点と輸送ルートの間に必ず西部方面部隊が居たので輸送ルートが攻撃される危険を考えなくて良かったのだが、その先に進むようなら輸送ルートが敵に対して剥き出しになってしまう。 


「食糧の計算もゆとりはありますからここで村を食いに行く必要は無いかと思いますよ」


 というのがクィマームの意見だった。

 うん、実に軍事的だ。

 輸送ルートが今までになく脆弱になるので、前線部隊には前に行き過ぎないでほしいのだ。


「そうじゃな。儂もこれ以上の周辺の犠牲は出さないべきじゃろうな」


 ロイドも重々しげにこう言う。

 ここにいるメンバーは、クィマームを除いて苦虫を噛み潰したような顔をしているが、これも散々話し合った結果なのだ。


 森陣営はニンゲン陣営に辛酸を舐めさせられてきた。

 ニンゲンを憎んでいるし、機会があれば殺してやりたいと思うものが多いのも当然だが、ひとまず外交的に侵略を辞めさせる方針を採った。


 今この段階で攻撃を続けると、エルフを差し向けたことに対する報復の意味合いが損なわれ、野獣同士の殺し合いの様相が強くなってしまうだろうという見方だ。


 とても正しいと思う。倫理的にも政治的にも。


「どうしよう。全員正しいこと言っている気がするんだけど」


 思わずぼやいてしまう。

 いや、だってそうじゃないか。


 一升かずますの歩みを止めたら食糧事情が逼迫するのも正しい。

 クィマームの輸送リスクの懸念も正しい。

 そしてロイドの言う政治リスクの懸念も正しい。


「はっはっは。まあそんなものさ。これが指導者の辛いところじゃな」

「妾は辛くないですね。眷属とは揉めないので。ただ、妾が判断を間違えると、送り出した眷属が水の泡になりますから、全責任を負います」

「ははは……」


 乾いた笑いしか出ないって。


「ところでノボル君はどう考えているのだ?」


 ロイドが聞いてきた。

 いや、分かんないって言いましたよね?


「そんな顔をするな。正解など誰にも分からん。明らかな悪手でも敵の空回りによってはうまく刺さることもある。戦場に正解はないのじゃ」


 そんなに言うなら述べるしかないか。

 前々からロイドに言われてたんだよな。

 自分で判断する癖をつけないと手遅れになるからと。

 

 まあ蟲珀魔こはくまの運用は一番影響力あるから、会議を待ってたら機を逸しまし、が致命傷になりかねないからな。

 頑張るかあ。


「えーとですね。俺は一升かずます案に賛成です」

「ほう、理由を聞いてもいいかな?」

「はい」


 といっても主な理由は一つだ。

 敵から奪う食糧はこちらから持っていくよりはるかにお得だから。


 略奪の場合、なんといっても無料だ。

 生産・保管コストは敵に負担させる上に、輸送コストもかからない。

 輸送部隊にも飯を配らないといけないし、その間輸送に従事した眷属は農業生産に従事できない。


 つまり、敵地に食糧を送るって結構コストがかさむ。

 というか本来議論の俎上に上ることは無いはずなんだ。

 原則、向こうで現地調達してね、という話でしかない。


 本拠地から送るか、などという贅沢が実行できるだけの生産力と輸送力を持ち合わせているクィマームがイレギュラーなのだ。

 しかも森陣営のイレギュラーではなく、おそらく世界にとって。


「むしろ、西部方面には進軍してもらって、タイミングを見てこっちから包囲の中央部分を後詰にした方がいいと思う」

「つまり、もう暫く西部方面軍には独自に動いてもらうと」

「そうなるね。輸送路については、運悪く見つかって壊されるかもしれないけど、本格的な侵攻前にもう一度開通させれば良いでしょ」

「ふむ。そもそも輸送網事態の守りは考えないのですね。ありか?」


 クィマームはこの手の交通インフラに関しては守りたくなる傾向が強いようだ。

 しかし、守るのにも人手と食糧がいる。

 ならいっそのこと守らないのも手だ。


「それに一升かずますたちが派手に前進してくれれば、敵の耳目もそっちを向くでしょう。現に暴れているやつらを差し置いて妨害工作をするとは思えないよ」


 しかも、一升かずますたちは村や町を襲えば襲うほど飢えないし、輸送ルートの恩恵も受けない。

 敵にとっては地下に輸送ルートがあることさえも意外なはずだ。


「分かりました。守るのではなく、隠すのですね?」

「しかし、ニンゲン側は我々とは意思疎通できないと認識してしまわないかね?」


 ロイドの懸念も尤もだ。しかし、一つだけ見落としがある。


「その点は大丈夫ですよ。彼らからすれば民草の命は安いはずです。でなければこんなにぽんぽん隷属の首輪なんて出てきませんよ」


 森陣営が命を大事にしているから忘れているのだ。

 王国にとって、たいていのニンゲンもまた資源でしかない。

 悲しいけど、これが戦争なんだよな。

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